第八十二話 潜在能力の正体

わたしたち人間は脳のせいぜい20%程度しか使っていないが、脳を100%使うと潜在能力が100%発揮されると(脳)科学が言っています。
相対性理論を編み出したアインシュタインでもせいぜい脳を30%程度しか使っていなかったらしい。
火事場の馬鹿力は、潜在能力が緊急事態になった時に発揮された証明だと言う。
果たしてそうでしょうか。
人間の潜在能力の源泉が脳にあり、その結果、火事場の馬鹿力の潜在能力を発揮できるなら、人類はもっと強き生き物であった筈です。
逆に言えば、どんな生き物の潜在能力よりも、脳が一番発達した人類の潜在能力の方が大きかった筈です。
どうやらこういったことも人間の作り話のようです。
生き物の強いか弱いかの判断は、所詮、腕力の物差しによって為されるのが自然社会(エデンの園)であり、その自然社会(エデンの園)で人類は最も弱き生き物であったから、自然社会(エデンの園)では禁断の実であった知性の実を敢えて食べて、自然社会(エデンの園)から出て行ったという話でないと辻褄が合いません。
つまり、自然社会(エデンの園)は脳の力など無用な世界なのです。
自然社会(エデンの園)で最も弱き生き物であったがゆえに自己防衛のために二本足になった。
遠くを見渡せることが唯一の消極的自己防衛策であったわけで、人類は決して自然社会(エデンの園)から敢えて出て行こうとしたわけではないし、また、神から自然社会(エデンの園)を追放されたわけでもなく、他の生き物と一緒に自然社会(エデンの園)で細々と生きようとしたのが真相の筈です。
ところが、自己防衛のための二本足生活のつもりだったのが、偶然にも脳(大脳)の成長を促した。
四本足生活から二本足生活に変わることで頭の位置が高くなった結果、地球の重力の影響が軽減され、脳(大脳)が大きくなり、知性、つまり、考える力を図らずも獲得でき、知性の力、つまり、知力が腕力を上回る武器に偶然になり、地上最強の生き物になれたわけです。
脳を100%使うことが潜在能力の源泉ではないことは、他の生き物が脳の力(知力)を一切使わずとも常に100%の潜在能力を発揮していることが証明しています。
意識(五感)が完全に覚めているのが100%の潜在能力を発揮している状態であり、意識(五感)が完全に覚めていない人間だから、潜在能力を100%発揮できずに生きているのが真相であります。
科学の力、つまり、脳の力(知力)を盲信している人間が地震の予知も出来ず大きな被害を受け、五感能力の完全発揮によって地震を事前に予知できる鳥や他の生き物は難を逃れることができる。
潜在能力とは脳の力(知力)などでは決してない。
潜在能力とは意識(五感)の覚醒、つまり、悟りの力に外ならないのです。