第八十一話 潜在意識の正体

体(五臓六腑)も意識(五感)も完全に覚めている状態が覚醒であり、悟りであります。
体(五臓六腑)は完全に覚めているが、意識(五感)が完全に覚めていない状態が眠りであり、迷いであります。
つまり、悟りと迷いの違いは、意識(五感)の覚め具合の差だけであることがわかります。
言い換えれば、
悟りが本来の姿であるのに、何かの理由で迷うようになってしまった。
それがわたしたち人間なのです。
他の生き物はすべて悟っている証明でもあります。
3才から5才頃までの赤ん坊の時は悟っていたのだが、自我意識(エゴ)が顕れてくるにつれて、迷い道に入っていったわけです。
『自分は・・・』と思う自我意識(エゴ)が無い間は、集合意識と直結して全体感で生きていたのに、自我意識(エゴ)がまさに水面上に頭をもたげてくるにつれて集合意識との距離間が生まれてしまって隔絶感を持つようになったわけです。
それが顕在意識に外ならず、部分観に外なりません。
水面上に頭をもたげた自我意識(エゴ)、つまり、顕在意識が知性によって更に頭をもたげると、水面上と水面下の違いだけであった集合意識との距離間(隔絶感)が、更なる自我意識(エゴ)(顕在意識)の上昇によって、水面下にも顕在意識の領域が拡大してしまい、ますます、集合意識との距離間(隔絶感)が拡がってしまったのですが、それは人類、つまり、猿人(アウストラロピテクス)から原人(ホモエレクトス)、旧人、新人、そして人間の祖先であるホモサピエンスに至った時点で起こったのです。
潜在意識(水面下の顕在意識)、すなわち、水面下の自我意識(エゴ)の誕生であり、それによって、水面下の底深くに押し込められた集合意識は忘れ去られていった。
悟り(全体感)が本来の姿であるのに、迷うように(部分観=隔絶感に)なってしまった何かの理由とはこのことであります。
意識(五感)の覚め具合が完全でなくなった原因であります。
言い換えれば、わたしたち人間だけが、寝ても起きても意識が眠っている、錯覚(勘違い)の生き物になった原因であります。
潜在意識こそが潜在能力を剥ぎとった張本人なのです。