第七十五話 睡眠は要らない

睡眠にはREM睡眠(夢を見ている間の睡眠)とNON-REM睡眠(熟睡している間の睡眠)の二種類があるが、眠っている状態と目が覚めている状態の違いは、五感が働いているかどうかによって決まるのですから、REM睡眠(夢を見ている間の睡眠)は寧ろ目が覚めた状態であって、眠っている状態とは決して言えないのです。
体全体は、一生動き(働き)続けているから睡眠とは無縁です。
五感だけが、働いている(動いている)時と、働いていない(動いていない)時があって、働いている(動いている)時が目の覚めた状態で、働いていない(動いていない)時が眠っている状態と言えます。
子供の頃は、夢を見ないで熟睡だけの状態がある。
夜眠りに就くと同時に、もう朝になって目が覚める。
眠っている間覚がない。
NON-REM睡眠(熟睡している間の睡眠)しかしていないからです。
眠っている間覚がないということは、時間の経過感覚が無いということに外なりません。
つまり、NON-REM睡眠(熟睡している間の睡眠)している間は、時間は静止しているわけで、死の状態と同じなのです。
時間の経過感覚(間覚)が有るのは、REM睡眠(夢を見ている間の睡眠)している間か、目が覚めている間かどちらかの間だけであり、時間は経過している(流れている=動いている)、つまり、運動しているわけで、生の状態です。
時間が流れている(動いている)のは生きている間だけで、死ねば時間の流れ(動き)は止まる。
生まれるということは動き始めることであり、生きるということは動き続けることであり、死ぬということは動きが止まることですから、動くということは時間そのものである証明です。
子供の頃は、NON-REM睡眠(熟睡している間の睡眠)だけで、REM睡眠(夢を見ている間の睡眠)はなく、しかも、NON-REM睡眠(熟睡している間の睡眠)は完全熟睡なのに、大人になるにつれて次第にNON-REM睡眠(熟睡している間の睡眠)も不完全熟睡になっていきます。
言い換えれば、五感の機能が完全停止することがなくなり、NON-REM睡眠(熟睡している間の睡眠)している間でも五感の一部が働いているようになります。
“よく眠った!”という感覚がない。
すなわち、完全には眠っていないのです。
睡眠にはREM睡眠(夢を見ている間の睡眠)とNON-REM睡眠(熟睡している間の睡眠)の二種類があり、それ以外に目が覚めている状態がある。
わたしたちの一生は、この三つの状態を毎日繰り返しているわけですが、結局の処、完全に眠っている状態は大人になればまったく無いことがわかってきます。
つまり、睡眠は基本的には必要ないわけです。
つまり、睡眠は必要悪なのです。
それを、睡眠は絶対必要、つまり、必要善と勘違いしている。
ここでも、わたしたち人間は錯覚している、困った生き物なのです。

以上の説明を簡潔にしたら下記のようになります。
上記が難しければ、下記の方をお読みください。

睡眠には夢を見ている間の睡眠と熟睡している間の睡眠の二種類があるが、眠っている状態と目が覚めている状態の違いは、五感が働いているかどうかによって決まるのですから、夢を見ている間の睡眠は寧ろ目が覚めた状態であって、眠っている状態とは決して言えないのです。
体全体は、一生働き続けているから睡眠とは無縁です。
五感だけが、働いている時と働いていない時があって、働いている時が目の覚めた状態で、働いていない時が眠っている状態と言えます。
子供の頃は、夢を見ないで熟睡だけの状態がある。
夜眠りに就くと同時に、もう朝になって目が覚める。
眠っている間覚がない。
熟睡している間の睡眠しかしていないからです。
眠っている間覚がないということは、時間の経過感覚が無いということに外なりません。
つまり、熟睡している間は、時間は静止しているわけで、死の状態と同じなのです。
時間の経過感覚(間覚)が有るのは、夢を見ている睡眠をしている間か、目が覚めている間かどちらかの間だけであり、時間は流れているわけで、生の状態です。
時間が流れているのは生きている間だけで、死ねば時間の流れは止まる。
生まれるということは動き始めることであり、生きるということは動き続けることであり、死ぬということは動きが止まることですから、動くということは時間そのものである証明です。
子供の頃は、熟睡している間の睡眠だけで、夢を見ている間の睡眠はなく、しかも、熟睡している間の睡眠は完全熟睡なのに、大人になるにつれて次第に熟睡している間の睡眠も不完全熟睡になっていきます。
言い換えれば、五感の機能が完全停止することがなくなり、熟睡をしている間でも五感の一部が働いているようになります。
“よく眠った!”という感覚がない。
すなわち、完全には眠っていないのです。
睡眠には夢を見ている間の睡眠と熟睡している間の睡眠の二種類があり、それ以外に目が覚めている状態がある。
わたしたちの一生は、この三つの状態を毎日繰り返しているわけですが、結局の処、完全に眠っている状態は大人になればまったく無いことがわかってきます。
つまり、睡眠は基本的には必要ないわけです。
つまり、睡眠は必要悪なのです。
それを、睡眠は絶対必要、つまり、必要善と勘違いしている。
ここでも、わたしたち人間は錯覚している、困った生き物なのです。