第七十三話 ほんとうの話

“死んだら「魂」、「心」、「精神」、「霊」といった「想い」は一体何処に行くのか、まるでわからない”
それが「消滅の恐怖」です。
肉体は死んでも、水分(液体)が水蒸気(気体)になるといった単なる位相の変化(相転移現象)だけですから、消滅の恐怖はない。
では「魂」、「心」、「精神」、「霊」といった「想い」が死んだら一体何処に行くのか。
死ぬ、すなわち、スイッチを切った映像ですから、ただ消滅するだけなのか。
夜眠りに就くと意識が失くなり、熟睡状態に入ります。
熟睡状態の眠りをNON‐REM睡眠と言い、要するに、五感がまったく機能していない睡眠のことです。
「魂」、「心」、「精神」、「霊」といった「想い」が死んだ状態です。
ただ、この熟睡状態は一時的で、すぐに夢の睡眠状態に変わります。
夢の睡眠状態の眠りをREM睡眠と言い、五感が機能している睡眠のことです。
実際は睡眠ではなく、目が覚めた状態と同じです。
「魂」、「心」、「精神」、「霊」といった「想い」が生き返った(覚めた)状態です。
死の状態から生の状態に戻るわけですから、熟睡状態は永遠の眠り、つまり、完全な死ではなく、一時的な死であり、その一瞥(ヒント)に過ぎないわけですが、死の一瞥(ヒント)を与えてくれているのです。
(永遠の眠り)が完全な死なのですが、(一時的眠り)である熟睡は一時的死、仮の死に外ならないのです。
この(永遠の眠り)の死こそ、「魂」、「心」、「精神」、「霊」といった「想い」が永遠に死んだ状態です。
この(一時的眠り)の仮の死こそ、「魂」、「心」、「精神」、「霊」といった「想い」が一時的に死んだ状態です。
言い換えれば、まったく無意識(厳密に言えば、無「魂」、無「心」、無「精神」、無「霊」といった無「想い」)の状態なのですが、まだ永遠の眠りに就いたことがない、つまり、まだ死んだことがない、わたしたち生きている人間は、再び、REM睡眠(夢の睡眠状態)に変わることによって生き返るため、無意識(厳密に言えば、無「魂」、無「心」、無「精神」、無「霊」といった無「想い」)の状態を忘れてしまうわけです。
更に、REM睡眠(夢の睡眠状態)から目覚めることによって、ますます無意識(厳密に言えば、無「魂」、無「心」、無「精神」、無「霊」といった無「想い」)の状態を忘れてしまいます。
そんな毎日を繰り返しているわけですから、夢の記憶を忘却するように、死の一瞥(ヒント)も忘却してしまっているのです。
わたしたち人間は、死→仮死→生→死→仮死→生・・・を生きている間中繰り返しているのです。
そして、肉体という実在するものが永遠の眠り、つまり、相転移現象した時、肉体の一部である五感も永遠の眠り、つまり、相転移現象をする。
言い換えれば、人間としての肉体が、その70%の水分だったものがH2Oという分子化合物に変わり、肉や骨といったものが炭素や窒素や珪素やカルシウムといった元素に変わるように、人間としての「魂」、「心」、「精神」、「霊」といった「想い」も、H2Oという分子化合物や炭素や窒素や珪素やカルシウムといった元素の「魂」、「心」、「精神」、「霊」といった「想い」に変わるだけです。
ただ、『自分は・・・』と思う自我意識、つまり、エゴである「魂」、「心」、「精神」、「霊」といった「想い」はすべて無「魂」、無「心」、無「精神」、無「霊」といった無「想い」になることは間違いありません。
そもそもほんとうの話は、無『自分は・・・』、無自我意識、無エゴ、無「魂」、無「心」、無「精神」、無「霊」、無「想い」が実在するものに外ならなかったのです。
絶対世界(宇宙)、静止世界(宇宙)、“静止の暗闇と沈黙の世界(宇宙)”、死の世界(宇宙)こそが実在する世界(宇宙)だったのです。
相対世界(宇宙)、運動世界(宇宙)、137億光年の拡がりを持つ”運動の光と音の世界(宇宙)”、生の世界(宇宙)は所詮(不在)概念の映像世界(宇宙)だったのです。