第七十話 死の恐怖

わたしたち人間が死を怖れているのは、死を知っている、つまり、死の概念を持っているのに死期を知らないからです。
他の生き物が死を怖れているのは、死を知らない、つまり、死の概念を持っていないからで、死の観念を持っているだけです。
わたしたち人間と他の生き物の違いは、わたしたち人間は死の概念を持っているのに対して、他の生き物は死の観念を持っている点にあります。
死の概念は「考え方」に基づくものですが、死の観念は「在り方」に基づくものです。
「考え方」は頭(大脳新皮質)だけの知性、つまり、部分観ですが、「在り方」は体全体の感覚、つまり、全体感です。
わたしたち人間は恐怖観、他の生き物は恐怖感の違いはありますが、何れにしても知らないことから湧き上がってきます。
他の生き物の死への恐怖は何かわからない恐怖であるのに対し、わたしたち人間の死への恐怖は死期がわからない恐怖です。
夜中にわけのわからないものが後をついてくる恐怖が、他の生き物の死への恐怖であるのに対し、正体はわかっているのだが、いつ襲ってくるかわからない恐怖が、わたしたち人間の死への恐怖です。
“What is death?”が他の生き物の死への恐怖です。
“When is death coming?”がわたしたち人間の死への恐怖です。
わたしたち人間を含めて、どんな生き物でも恐怖の正体がわかれば、恐怖は消滅します。
ライオンに追いかけられて恐怖で逃げ惑っているシマウマでも、時には、ライオンに反撃することがありますが、シマウマが恐怖の正体をわかったからです。
言い換えれば、腹を括ったからであり、それは、死の恐怖の正体がわかったからに外なりません。
わたしたち人間も癌という病気に追いかけられて恐怖で逃げ惑っているのですが、死の恐怖の正体がわからない死期であるからで、死の恐怖の正体である死期がわかれば、腹を括って死の恐怖は消滅するのです。
ところが、シマウマはわからない死の恐怖でライオンから逃げ惑うように、わたしたち人間もわからない死期の恐怖から逃げ惑っているのです。
死を知っているわたしたち人間にとって、死が怖いのは死期がわからないからです。
死を知っているわたしたち人間にとって、死期のわかった死は怖くないのです。