第六十二話 目覚めるとは

最も性質(たち)の悪い科学が地球温暖化問題を惹き起こしたのは紛れもない事実です。
いま地球(全体)から、科学に対して鉄槌が下されようとしているのです。
科学の次に性質(たち)の悪い宗教は、この機を利用して、自分の立場を強化しようと図ることは目に見えています。
だから、わたしたち一般大衆はいまこそ迷わされてはなりません。
わたしたち一般大衆が目覚めなければならないのです。
では一体何に目覚めなければならないのでしょうか。
拙著「新しい日本」第十一章【新しい世界(四つの可能性)】に、そのヒントが隠されていますので、引用します。

「「二元論」・「全体と部分の相対性の法則」・「在り方と考え方」のそれぞれの固有項が(絶対)数字1であり、共有項が(相対)数字2である。
固有項が絶対性理論の側面であり、共有項が相対性理論の側面であり、固有項と共有項が混在するのが絶対・相対性理論の側面である。
つまり、
「二元論」と「全体と部分の相対性の法則」の共有項は、「全体と部分の相対性の法則」と「在り方と考え方」の固有項になり、「全体と部分の相対性の法則」と「在り方と考え方」の固有項は、「在り方と考え方」と「二元論」の共有項になる。
また、
「二元論」と「全体と部分の相対性の法則」の固有項は、「全体と部分の相対性の法則」と「在り方と考え方」の共有項になり、「全体と部分の相対性の法則」と「在り方と考え方」の共有項は、「在り方と考え方」と「二元論」の固有項になる。」

拙著「新しい日本」という作品は、同じく拙著「(静止)宇宙論」という純粋理論の実践論版であります。
上記引用は、「(静止)宇宙論」を受けてのものですから、極めて難解な表現をしているわけです。
平たく言えば、
素粒子といったミクロの世界から、宇宙といったマクロの世界まで一貫した法則として、「二元論」、「全体と部分の相対性の法則」、「在り方と考え方」という三つの法則があり、この三つの法則は、わたしたち人間社会にも厳然と働いていることを、先ず基本としています。
ところが、この三つの法則の特徴は、それぞれ“帯に短し、襷に長し”のものなのです。
よくよく考えてみれば当たり前のことなのですが、それぞれが完璧なものであれば、三つも要らないわけで、一つで十分な筈です。
ここのところが極めて重要です。
その上で話を進めます。
それぞれ“帯に短し、襷に長し”ですから、お互いが不完全で補完し合っているところと、対立し合って(二律背反して)いる面があるのです。
お互いが補完し合っている面を「共有項(数字2)」で表現していますが、更に平たく言えば「常識」、「目に見えるもの」、といった具合です。
お互いが対立し合って(二律背反して)いる面を「固有項(数字1)」で表現していますが、更に平たく言えば「非常識」、「目に見えないもの」、といった具合です。
従って、「相対性理論」とは「共有項(数字2)」、つまり、「常識」、「目に見えるもの」を論じているのに対して、「絶対性理論」とは「固有項(数字1)」、つまり、「非常識」、「目に見えないもの」を論じているわけで、わたしたち人間は、「非常識」、「目に見えないもの」の世界に実在しながら、「常識」、「目に見えるもの」の世界(映像世界)にいると錯覚しているという、二つの世界で生きていると言っているわけです。
このことに気づかなければならないと言っているのです。
このことに目覚めなければならないと言っているのです。