第四十話 グローバルな(地球規模の)歴史観

猿から進化した人類でありながら、猿も人類も現存する。
これは何を示唆しているでしょうか。
新しい種が古い種から誕生することを示唆しているのです。
古い種の猿から新しい種の猿が誕生する。
古い種の人類から新しい種の人類が誕生する。
古い種の人間から新しい種の人間が誕生する。
猿がすべて人類に進化したなら、猿は現存していない筈であるのに、現に存在している猿は古い種の猿であり、人類に進化した猿は新しい種の猿であったからです。
言い換えれば、新旧の種が常に混在する中で進化が行われる。
進化の実相がここにあります。
猿と人類の間での進化のメカニズムは人間社会においても働くであろうことは容易に想像できます。
古い種の人間の中から新しい種の人間が誕生する。
二人の親から子供が生まれるという肉体的遺伝とはまったく別の次元で、グローバルな(地球規模の)進化が行われてきたのです。
そうでないと、2人の親は4人の更に親がいて、4人の親は更に8人の親がいて、8人の親は更に16人の親がいて、・・・・・といった具合に人間の祖先だけを遡ると、猿から猿類(アウストラロピテクス)へのバトンタッチ、猿類(アウストラロピテクス)から原人(ホモエレクトス)へのバトンタッチ、原人(ホモエレクトス)から旧人へのバトンタッチ、旧人から新人(ホモサピエンス)へのバトンタッチ、新人(ホモサピエンス)から古代人という文明人へのバトンタッチ、古代人から中世人へのバトンタッチ、中世人から近代人へのバトンタッチ、そして、近代人から現代人へのバトンタッチの姿は一切見えてこないのです。
肉体的遺伝では決して見えないグローバルな(地球規模の)進化が行われてきたから、猿と人間が現存しているのです。
人間には7年周期の心身のバイオリズムがあります。
人類の歴史においても25世紀周期の軸の時代というバイオリズムがあります。
今から2千5百年前がそうでした。
インドでは釈迦が出現し、中国では老子や孔子が出現し、イランではツアラストラが出現し、ギリシャではソクラテス、プラトン、アリストテレス、ディオゲネス、ヘラクレイトスたちが、お互い呼応せずに出現した。
つまり、肉体的遺伝の次元を超えた現象が軸の時代には現れるわけです。
つまり、グローバルな(地球規模の)進化が行われてきたわけです。
グローバルな(地球規模の)進化を理解しようとすれば、人間社会だけの歴史では到底無理であり、グローバルな(地球規模の)歴史観、更にはユニバーサルな(宇宙規模の)歴史観がなければならないのです。
自分の家系はどうだとか、天皇家は125代続いて「万世一系」などと嘯くのは、笑止千万のたわごとであるのです。