第二十四話 知性の正体

目が覚めている時でも、『過去・(現在)・未来』に想いを馳せて生きているなら、それは眠っている時に見ている夢の世界と同じ映像の世界であって、決して実在の世界ではないのに、わたしたちはそれを現実だと錯覚している。
眠っている時でも、熟睡している時は実在の世界にいる。
何故なら、『自分は・・・』という自我意識がないからで、わたしたち人間もちゃんと「在り方」である実在世界で生きている。
従って、目が覚めている時でも、『過去・(現在)・未来』に想いを馳せて生きていると考えながら、実は『今、ここ』を生きている。
結局、生まれてから死ぬまで四六時中働き続けている五臓(心臓・肝臓・脾臓・肺臓・腎臓)と六腑(大腸・小腸・胆嚢・胃・三焦・膀胱)という肉体の主体は、実在の世界、つまり、「在り方」、つまり、『今、ここ』を生きているのに、夢を見ている睡眠や、『過去・(現在)・未来』に想いを馳せている状態の時のように、五感が肉体の主体、つまり、自分であると錯覚している映像の世界、つまり、「考え方」で生きていると思っているのが、知性ある生き物・人間であるわけです。
「考え方」とは五感の機能によって生じる自他の区分け意識、つまり、自我意識というエゴであって、わたしたちが自分だと錯覚している「心」や「魂」や「霊」や「精神」の正体であります。
生まれてから死ぬまで四六時中働き続けている五臓(心臓・肝臓・脾臓・肺臓・腎臓)と六腑(大腸・小腸・胆嚢・胃・三焦・膀胱)は肉体の主体であり、「在り方」の正体です。
機能したり、機能しなかったりする五感(目、耳、鼻、舌、全身の皮膚)は肉体の従体であり、「考え方」の正体です。
他の生き物にも五感が機能していますが、五感で受信した外部情報、つまり、他者情報は、大脳を経由して肉体に直接伝達されるのに対して、わたしたち人間だけが大脳で一旦止められて、取捨選択をした結果、肉体に伝達される違いがあります。
この違いは大脳皮質にあり、大脳古皮質だけの他の生き物は直接伝達、つまり、条件反射するのに、大脳古皮質の上に更に新皮質を持つ人間は、一旦止める機能、つまり、記憶機能と、取捨選択する機能、つまり、思考機能があるからです。
記憶機能と思考機能を持つ大脳新皮質こそが知性の正体なのです。
他の生き物にも記憶機能はありますが、それは、肉体自身が記憶している内部記憶であるのに対し、大脳新皮質の記憶は外部記憶であるのです。
母国語で喋っている時は内部記憶、つまり、条件反射で喋っていますが、外国語を喋っている時は外部記憶、つまり、考えて喋っているのが一つのいい例です。
免許取りたての時は外部記憶、つまり、考えて車の運転をしていますが、馴れてくると内部記憶、つまり、条件反射で車の運転をしているのも一つのいい例です。
条件反射で生きているのが「在り方」であり、『今、ここ』を生きていることであるのに対して、考えて生きているのが「考え方」であり、『過去・(現在)・未来』に想いを馳せる結果、二種類の時間を持ち、二つの世界で生きている化け物をつくり出したのであります。