第二十二話 二つの世界に生きる化け物

わたしたち人間だけが、実在の世界と映像の世界という二種類の世界で生きている。
何故なら、二種類の時間を持っているからです。
実在の世界の時間は『今、ここ』という垂直的時間であり、映像の世界の時間は『過去・(現在)・未来』という水平的時間であります。
人間以外の生き物、つまり、動物、植物、鉱物、それらをすべて含んだ地球、太陽、そして宇宙全体は、『今、ここ』という垂直的時間の実在の世界で生きています。
わたしたち人間だけが、『今、ここ』という垂直的時間の実在の世界で生きていながら、『過去・(現在)・未来』という水平的時間の映像の世界で生きていると思って(考えて)いるのです。
運動宇宙には「二元論」、「全体と部分の相対性の法則」、「在り方と考え方」という三つの法則がある、と先に紹介しましたが、「在り方」とは『今、ここ』という垂直的時間の実在の世界で生きていることであり、「考え方」」とは『過去・(現在)・未来』という水平的時間の映像の世界で生きていると考えていることなのです。
だから、知性を持つわたしたち人間だけに「在り方と考え方」、つまり、「現実」と「想い」のギャップが生まれ、「無いものねだり」が生まれ、分裂症状になり、悩みや苦労が発生するのです。
目が覚めている時でも、『過去・(現在)・未来』に想いを馳せて生きているなら、それは眠っている時に見ている夢の世界と同じ映像の世界であって、決して実在の世界ではないのに、わたしたちはそれを現実だと錯覚しているのです。
眠っている時でも、熟睡している時は実在の世界にいます。
何故なら、『自分は・・・』という自我意識がないからで、わたしたち人間もちゃんと「在り方」である実在世界で生きているのです。
従って、目が覚めている時でも、『過去・(現在)・未来』に想いを馳せて生きていると考えながら、実は『今、ここ』を生きているのです。
他の生き物との違いは、そのことに覚醒して生きているか、錯覚しているかの違いだけです。
人間以外の生き物、つまり、動物、植物、鉱物、それらをすべて含んだ地球、太陽、そして宇宙全体はすべて覚醒しているのに、わたしたち人間だけが自他の区分けをする知性の所為で錯覚しているのです。
わたしたち人間だけが悟りの境地を渇望して得られないだけで、他の生き物はすべて悟っているのです。
人間以外の生き物、つまり、動物、植物、鉱物、それらをすべて含んだ地球、太陽、そして宇宙全体は、たぶん、こんな生き物は百害あって一利もないと苦虫を噛んでいることでしょう。
それを自ら万物の霊長と豪語し、天地創造の神に似せて造られた存在などと嘯く傲慢さは、呆れてものも言えません。