第二十話 宗教(神)の発生原因

煩悩を断つことなど、生きている(運動している)人間には100%不可能なことであるのに、宗教が主張することはすべて、目に見えない、証明することが100%不可能なことなのです。
だから、生きている人間にとって100%確信でき得ない死後のあの世の話をするわけです。
宗教の存在根拠は、「完全不可能」つまり、100%不可能なことの主張にあるのです。
何故なら、1%でも可能なことであれば、彼らの主張は脆くも崩れるからです。
常に100%絶対だと言わなければ、宗教は成立しないのです。
“信じなさい!”とは“100%信じなさい!”と言っているわけで、“99%信じなさい!”と言えば、誰も信者になってくれないからです。
ところが、人間は完全な生き物ではないし、宗教を始めた開祖(教祖)にしても所詮は人間ですから、同じ人間を完全に信じてもらうことは不可能です。
そこで、人間を超えた存在を無理やりでもつくらなければ信者は集まらない。
こうして、「神」という存在を捏造したわけです。
そして、「神」という存在の信憑性をより確実にするために、「神」を信者に指し示す教祖も人間ばなれした存在、特別な存在に奉り上げることによって、宗教が晴れて誕生する。
人間社会のあっちこっちで、いろいろな教祖が登場しては、いろいろな宗教が雨後のたけのこのように誕生する。
呆れてものも言えないような馬鹿げたことが人間社会だけに起こるわけです。
結局は、悩みや苦労で四苦八苦しているわたしたち人間の弱みに付け込んだ、騙り商売が宗教の正体なのです。
こうして、わたしたち人間だけに、「死の概念」と「時間の概念」と「神の概念」が生まれたわけです。
まさに、「死の概念」と「時間の概念」と「神の概念」を生んだ知性が、わたしたち人間だけに悩みや苦労を与えた張本人であるのです。
新田哲学が主張する、「死の概念」=「時間の概念」=「神の概念」の根拠であります。