脱知的文明社会
はじめに

古代、中世、近代、そして、現代と辿ってきた人間社会のことを文明社会と言って、自然社会と一線を画してきました。
文明社会と自然社会の違いは、知性の有無に収斂しても過言ではない。
自然社会は知性が無いのに対して、文明社会は知性を有している。
知性とは、考える力と言ってもいいでしょう。
従って、
自然社会が無知社会であるのに対して、文明社会は知的社会だと言えます。
その知的文明社会が、いま、崩壊しようとしています。
古代、中世、近代、そして、現代と数千年の歴史を重ねてきた知的文明社会が脆くも崩れ去ろうとしているのです。
そして、古代社会、中世社会、近代社会、そして、現代社会という知的文明社会に取って代わる、新しい社会を新田哲学では、新代社会と呼んでいます。
新代社会が脱知的文明社会になることは、間違いありません。
従来の常識がまったく通用しない脱知的文明社会とは、いったいどんなものであるのかを論じ、更に、知的文明社会における従来の経済行為と比して、脱知的文明社会における経済行為を検証することによって、新しい経済システムを予測することが、本書の狙いです。


平成21年4月7日  新 田  論


第一章 脱知的文明社会
第二章 貨幣制度の崩壊
第三章 拝金主義から排金主義へ
第四章 新しい経済システム



おわりに

2008年世界大恐慌。
1929年世界大恐慌は、当時、世界一の企業、ゼネラル・モーターズの株価暴落がきっかけで勃発しましたが、2008年世界大恐慌では、ゼネラル・モーターズが倒産しました。
70年の時を隔てて、70年間世界一の企業を維持してきた会社が、終に、消滅したのです。
二つの世界大恐慌が、その規模において、如何に大きな差があるかを物語っています。
1929年世界大恐慌は、1939年9月の第二次世界大戦勃発まで続きました。
世界的軍需景気によってしか世界大恐慌は克服できなかったのです。
とすれば、2008年世界大恐慌も、2018年頃までは続くと考えるのが当然でしょう。
1989年に起こった日本の不動産バブル経済破裂劇も、「失われた10年」を経験したことが、何よりの証明です。
否、その規模の大きさから、「失われた100年」になるかもしれません。
まさに、時代のパラダイム変化が起ころうとしている証左です。
では、一体どんな時代のパラダイム変化が起ころうとしているのでしょうか?
古代、中世、近代、現代と続いた知的文明社会が終焉して、新代という脱知的文明社会が登場するという、時代のパラダイム変化であることは間違いありません。
本書の狙いは、そこにあったのです。
平成14年1月に執筆した拙著「富裕論」と対比して論述しましたが、基本的には、「脱知的文明社会」は「富裕論」のPart(II)になった感が致します。


平成21年10月8日  新 田  論