「知恵(経験)社会」
まえがき

英国エコノミストが「日本の重荷」というタイトルで特集を組んでいる。その特集の中で、日本の経済力が衰退していく3つの理由を指摘している。その理由とは、という題で、元「週刊東洋経済」編集主幹を勤めていた藤田正美氏の論評から紹介してみましょう。
「日本症候群(The Japan Syndrome)」が総論記事のタイトル。サブタイトルに曰く。「日本がこれから世界に与えられる最大の教訓は、高齢化が経済成長力を吸い取るということだ」。もちろん少子高齢化は日本だけの問題ではない。先進国の多くは、多かれ少なかれ同じ問題を抱えている(移民国家である米国の人口は増え続けているほか、フランスは出生率を大幅に高めることに成功した)。だから「日本の教訓」と同誌は言う。問題を放置しておけば日本のようになってしまうという警告である。
「日本人が理解していないのは、経済の病状が歪んだ人口動態と複雑に絡み合っていることだ。この問題に取り組まない限り、日本の衰退はどうしようもなくなる。その理由は3つある」
同誌が指摘する3つの理由とは、労働力人口の減少、引退世代に対する現役世代の数の減少、そして高齢化と人口減少によって需要減少、である。同誌はこのうち労働人口(15〜64歳)の減少を最も重要な問題と指摘している。労働力の減少率を生産性でカバーしない限り、アウトプットすなわち総生産は減るという理屈だ。「1995年には8700万人でそれがピークだった。それが2050年には約5200万人となり、第二次大戦直後とほぼ同じになると推定されている」
もっとも最近の若者の就職状況を見る限り、労働人口が減ることより、労働機会が減っていることのほうが問題ではないかと思う。その意味では、同誌が指摘している3つの理由の最後に挙げられた需要の問題が一番大きな問題ではないだろうか。
「人口が高齢化し、減少するに従って、需要も減少する可能性が大きい。そうなれば企業がリスクを取って投資をするという意欲が小さくなるだろう。成長する市場であれば企業は過剰投資となるリスクも受け入れるものだ。なぜなら過剰能力が一時的に生じてもやがては需要が増えて吸収されるからである。しかし人口減少社会ではこれと全く逆のことが起こる。企業は新工場に投資するどころか、余剰能力を削減することを迫られる。その意味で日本の企業が利益をため込んでいるのは当然だ。GDP(国内総生産)の約3分の2を占める内需の見通しが不透明であるからだ。企業が投資を抑制すればするほど、失業が増える。とりわけ若者の失業が増え、それが日本人の不安感をさらに強めることになる」
同誌はさらにいくつかの「対策」を示している。女性をもっと雇用すること、引退した世代を再雇用すること、移民を受け入れること、そして生産性を上げること。もちろん規制撤廃も必要だ。こうした意味で、TPP(環太平洋戦略経済連携協定)に参加することは重要なステップだと思う。「乗り遅れる」といった議論ではなく、例外なき関税撤廃によって、農業も含めて日本の産業が変化を迫られるからである。もちろん域内労働力の移動自由化によって、日本に定住する人口を増やすことも可能になるかもしれない。
大風呂敷を広げることはできても、ビジョンを語ることができない菅政権で、TPPという国内の反対論が根強い課題を達成できるのかどうか。それは大きな疑問符がつく。民主党の唯一とも言える得点源であった事業仕分けも、支出カットという意味でも財源確保という意味でも無力であることが明らかになってしまった。それは官僚の抵抗ではなく、一にも二にも民主党のビジョンの整合性がないことに起因するものである。
それに人口問題がどれほど経済の足を引っ張っているかについて菅政権の認識はどの程度のものだろうか。菅政権の少子化担当大臣は最初は玄葉光一郎政調会長(当時)の兼任、そして現在は岡崎トミ子国家公安委員長の兼任である。つまりは大臣ポストはあっても、本腰を入れて取り組むような態勢になっていない。世界に先駆けて少子高齢化社会になりつつある日本。その日本の対策を世界は見つめている。模範例になるのか、反面教師になるのか。分かれ目は目の前だ。

この記事を読んだ著者の脳裏に先ず浮かんだのは、『では現在の労働人口(15〜64歳)の年齢を無制限にしたような社会にすればいいのだ!』ということでした。
現在では、65歳以上を老齢者(高齢者)として扱い、労働力としての価値を認めていません。だから、65歳を過ぎようとしている団塊の世代が「濡れ落ち葉」と揶揄され、自らも気力を減退させた暮らしに埋没してしまうのです。
『加齢すればするほど価値が増えるものはないのだろうか?』
それは経験です。
『経験がモノをいう商品をつくりだすことはできないだろうか?』
そうすれば、65歳以上も労働人口に組み入れられる。
「知恵(経験)社会」の趣旨がここにあります。

平成23年3月8日  新 田  論


第一章 「日本の将来を決める二つの要因」
第二章 知恵(経験)が生み出す製品(商品)
第三章 加齢すればするほど価値が増えるもの
第四章 生きるために死ぬ
第五章 別の死
第六章 死の誕生
第七章 性(セックス)と死の関連
第八章 死の仕組みの元祖
第九章 老化とは
第十章 老いる意味
第十一章 人間のほんとうの原罪
第十二章 二十一世紀最大のテーマ
第十三章 アポビオーシスが鍵
第十四章 高齢者が二十一世紀の人間社会の鍵を握っている
第十五章 人間社会の常識は非常識、非常識が常識
第十六章 これまでの人間社会には逆さま現象が起こっていた
第十七章 自己否定が逆さま社会を正さま社会に変える
第十八章 逆説的学習能力から真の学習能力へ
第十九章 不完全な知性から完全な知性へ
第二十章 『自己否定』が生みだすもの(1)
第二十一章 『自己否定』が生みだすもの(2)
第二十二章 不完全な知性の罪的側面の産物
第二十三章 『反省』するための相対条件
第二十四章 『反省』するための相対条件のヒント(1)
第二十五章 『反省』するための相対条件のヒント(2)
第二十六章 どんでん返しの経済メカニズム
第二十七章 閉鎖社会から開放社会へ
第二十八章 開放社会へのキーワードは『自己否定』
第二十九章 災害はすべて人災
第三十章 経済=経世済民=民を救うもの
第三十一章 二十世紀までは戦争ビジネス
第三十二章 二十世紀までは医療ビジネス
第三十三章 二十世紀までは“いわゆる先生”が一番おいしい職業
第三十四章 (超)拝金主義の終焉を迎えようとしている
第三十五章 「寄付」するお金は「死に金」
第三十六章 「平等」が経済をよくする社会
第三十七章 金持ちから徳持ちの時代へ
第三十八章 『徳』のキーワードは『感謝』
第三十九章 『感謝』と『反感』
第四十章 老いることを劣等感にしてはいけない
第四十一章 『反感(劣等感)』から『感謝』への第一歩
第四十二章 『反感(劣等感)』が元凶
第四十三章 『建前経済』から『本音経済』へ
第四十四章 『建前経済』=ニセモノ経済 &『本音経済』=ホンモノ経済
第四十五章 『建前経済』=ニセモノ経済=覇道経済 &『本音経済』=ホンモノ経済=王道経済
第四十六章 『贅沢な時代』から『清貧な時代』へ
第四十七章 『贅沢』=差別 &『清貧』=平等
第四十八章 生きる基本
第四十九章 定期券的生き方 & 回数券的生き方
第五十章 天寿を全うする生き方


〆るにあたって

この作品のタイトルである『知恵社会』とは、『知識社会』のアンチテーゼとして命名しました。
サブタイトルに『知恵(経験)社会』としたのも、『若者社会』のアンチテーゼとして命名しました。
つまり、『知恵(経験)社会』とは、『お年寄り社会』に他ならないわけです。
世界の先進国では、未曾有の『高齢化・少子化社会』を迎えています。
一方、世界の開発途上国では、未曾有の『若年化・多子化社会』を迎えています。
中東地域で起こっている「ジャスミン革命」はまさに、開発途上国における『若年化・多子化社会』の為せるわざなのです。
まさに、
世界は、『高齢化・少子化社会』と『若年化・多子化社会』の二極化に進もうとしているのです。
これは一体何を示唆しているのでしょうか?
まさに、5000年以上続いてきた支配・被支配二層構造の世襲・相続の人間社会が分岐点に差しかかったことを示唆しているのです。
そして、どちらの道を選ぶか?
その鍵は、
ただ生きるか?
若しくは、
より好い生き方をするか?
つまり、
より悪い生き方をするか?
まさに、
どちらの生き方をするか?の選択に迫られているのです。
そして、
ただ生きるか?は『今、ここ』に生きることに他なりません。
一方、
より好い生き方をするか?
つまり、
より悪い生き方をするか?
は過去・現在・未来に想いを馳せる生き方に他なりません。
まさに、『知恵(経験)社会』の『知恵(経験)』とは、『今、ここ』を生きる知恵(経験)に他ならないのです。

平成23年4月26日  新 田  論