第四十四章 言葉の罠(5)−地獄の正体

“はじめに言葉ありき”ではなく、
“はじめに沈黙ありき”であった。
言い換えれば、
“はじめに「あ」ありき”ではなく、
“はじめに「ん」ありき”であった。
更に言い換えれば、
“はじめに健康ありき”ではなく、
“はじめに病気ありき”であった。
そして、
言葉の人間社会では、
“はじめに天国ありき”ではなく、
“はじめに地獄ありき”であった。
では、
音の自然社会では、
天国はどんな音で、地獄はどんな音なのだろうか?
拙著「地獄のすすめ」の「はじめに」を引用してみよう。
はじめに
“地獄の一丁目には閻魔大王さんがいて、嘘をついたら、盗んだら、人殺しをしたら、悪いことをしたら、自殺したら、あの世で地獄に行かなければならない”
子供の頃に親を中心に大人から叩き込まれた考え方が信念となって、一生持ち続けて生きてきたわけです。
そういう親や大人たちも、彼らの親やその頃の大人たちから、同じ考え方を叩き込まれてきたわけで、延々と人類の祖先まで辿り着くわけです。
更に、人類の祖先である猿人、そして、猿へと辿り着くわたしたち人間は、みんな猿から叩き込まれた信念を今でも持ち続けているのでしょうか。
人類が猿から進化したとするなら、なぜ、猿が今でも存在するのでしょうか。
猿でもいまだに進化できていない猿がいるわけです。
では、
進化して人類になった猿と、進化できないで猿のままでいる猿とは、一体何処が違うのでしょうか。
まさに、
“地獄の一丁目には閻魔大王さんがいて、嘘をついたら、盗んだら、人殺しをしたら、悪いことをしたら、自殺したら、あの世で地獄に行かなければならない”
という考え方を、子供の頃に親を中心に大人から叩き込まれ、そういう親や大人たちも、彼らの親やその頃の大人たちから、同じ考え方を叩き込まれ、いまだに進化できていない猿まで辿り着くわけです。
いつか、人類が進化した最先端の生きものが、人類を見て、なぜ人類が今でも存在するのかと思われる時代がやってくることを示唆しているのです。
そうならない前に、
“地獄の一丁目には閻魔大王さんがいて、嘘をついたら、盗んだら、人殺しをしたら、悪いことをしたら、自殺したら、あの世で地獄に行かなければならない”
という考え方に終止符を打たなければなりません。
まさに、
“地獄のすすめ”の所以です。