第四十二章 言葉の罠(3)−不幸の正体

“はじめに言葉ありき”ではなく、
“はじめに沈黙ありき”であった。
言い換えれば、
“はじめに「あ」ありき”ではなく、
“はじめに「ん」ありき”であった。
更に言い換えれば、
“はじめに健康ありき”ではなく、
“はじめに病気ありき”であった。
そして、
言葉の人間社会では、
“はじめに幸福ありき”ではなく、
“はじめに不幸ありき”であった。
では、
音の自然社会では、
幸福はどんな音で、不幸はどんな音なのだろうか?
そこで再び拙著「夢の中の眠り」Vol. (V) Chapter 897(不幸は“しあわせの谷間”という徳)を引用してみよう。
不幸の無い状態の幸福などあり得ない。
不幸の甲・乙・丙・甲・乙・丙・甲・乙・丙・・・の繰り返しをするのが生きていることであり、不幸の無い状態を望むなら死ぬしかない。
幸福感があり、少し幸福感が減退し、やがて不幸感が襲ってくるが、突然再び幸福感に戻るのが本来の生き方であり、不幸度(しあわせの谷間)の一休が楽しめる。
まさに、
不幸とは、この世での「一休(ひとやすみ)」に他ならないのである。