超対性理論
超対性理論 Vol.(III)はじめに

超対性理論Vol.(II)はじめにでは、
我々が信じている運動宇宙とは、
過去・現在・未来の世界に基づいた、“運動の光と音と臭と味と感触の映像宇宙”に他ならない。
我々の目の前に展開している、いわゆる現実を映像であると自覚しない限り、死の恐怖から解放されることはないだろう。
恐怖の死こそが、絶対性の死、相対性の死に他ならないのだから。
超体性の死こそが、祝福の死に他ならないのだから。
なぜなら、
相対性理論のE=mc2 から原子爆弾ができたのだから、超対性理論から原子爆弾を消滅させるものができるに違いない。
そうすれば、
差別・不条理・戦争のない平等・公正・平和な人間社会を必ず実現させることができるに違いない。
と述べた。
そして、
超対性理論Vol.(II)おわりにあたってでは、
生きるとは死ぬためにあった。
言い換えれば、
生きるとは死という本番のためのリハーサルに他ならなかったのである。
と結論づけた。
では、
超対性理論Vol.(III)はじめにでは、
映像の宇宙(振り子運動)の中での原子爆弾のエネルギーとは、振り子運動のモーメントに他ならない。
従って、
原子爆弾を無力化するとは、振り子運動のモーメントをゼロにして、振り子運動を止めることに他ならない。
つまり、
絶対性の死(可除特異点(removable singularity)=π/2(90度))

相対性の死(真性特異点(essential singularity)=3π/2(270度))
を、
超対性の死(極(pole)=π(180度))=不完全(不完璧)な死
に収束させることに他ならない。
まさに、
(核)分裂したものを、(核)融合させることに他ならない。
ことについて、検証してみよう。

平成22年1月1日   新 田  論


第一章 地球の極度の緊張状態 第五十一章 死の意味 第百一章 音の中の沈黙 & 沈黙の中の音
第二章 地球の特異点 第五十二章 死とは元に戻ること 第百二章 臭の中の無臭 & 無臭の中の臭
第三章 実在と映像の境界点(特異点) 第五十三章 五感=境界=事象地平 第百三章 味の中の無味 & 無味の中の味
第四章 振り子運動→円回帰運動 第五十四章 事象地平=常識の通用しない世界=実在の世界 第百四章 触感の中の無触感 & 無触感の中の触感
第五章 振り子運動における『映像(夢)の世界』 第五十五章 合間の世界 第百五章 実在の世界 & 映像の世界
第六章 円回帰運動における『実在(現実)の世界』 第五十六章 常識のどんでん返し 第百六章 錯覚の根源
第七章 特異点における緊張状態 第五十七章 好き(光)は嫌い(暗闇) 第百七章 いわゆる現実=映像
第八章 収束と飛躍 第五十八章 この世的成功の正体 第百八章 いわゆる現実 & ほんとうの現実
第九章 緊張と弛緩 第五十九章 この世的成功に対する積極性と消極性 第百九章 大きさがない物質 & 大きさがある物質
第十章 純粋無垢の世界 第六十章 この世的成功=幻想(映像) 第百十章 『今』 & (現在)
第十一章 いつか何らかの理由 第六十一章 実時間&虚時間 第百十一章 最も近い過去 & 最も近い未来
第十二章 光の静止=暗闇 第六十二章 円周(映像)の世界&点(実在)の世界 第百十二章 (現在)=生=映像 & 『今、ここ』=死=実在
第十三章 光も静止する 第六十三章 ホンモノの自分&ニセモノの自分 第百十三章 無敵の境地
第十四章 何時?、何処で?、何故?、何のために?、如何に? 第六十四章 点と線 第百十四章 『今』 & 『ここ』
第十五章 何時? 第六十五章 点と線と平面 第百十五章 二つの境界線(特異点)
第十六章 時空の世界 第六十六章 点と線/平面と空間/時空間 第百十六章 『ここ』の山と谷
第十七章 『今、ここ』は断面の世界 第六十七章 始まり(始点)と終わり(終点)の有無 第百十七章 低い山 & 浅い谷
第十八章 実在の暗闇世界 第六十八章 137億光年(距離)=137億年(時間) 第百十八章 平坦(平凡)な人生
第十九章 『今、ここ』を失った瞬間(とき) 第六十九章 時間=次元の概念の張本人 第百十九章 高い山 & 深い谷
第二十章 何故(Why?) 第七十章 ゼロと一/二の世界 第百二十章 『今、ここ』への道
第二十一章 未熟な知性=部分観 第七十一章 無次元宇宙(静止宇宙) & 有次元宇宙(運動宇宙) 第百二十一章 超宇宙
第二十二章 『今、ここ』=地球との一体感(全体感) 第七十二章 振り子運動(一次元映像) & 円回帰運動 (二次元映像)
第二十三章 何のために(For what?) 第七十三章 一次元映像 & 二次元映像
第二十四章 何のために(For what?)=見果てぬ夢のため 第七十四章 正面の世界 & 背面の世界
第二十五章 如何に(How?)=見果てぬ夢によって 第七十五章 いわゆる現実の世界 & いわゆる夢の世界
第二十六章 見果てぬ夢=際限のない欲望 第七十六章 往復運動の世界 & 一方通行運動の世界
第二十七章 何時?、何処で?、何故?、何のために?、如何に?は無意味 第七十七章 我々の宇宙
第二十八章 事実・真実・真理を貫く瞬間 第七十八章 ふたつの宇宙
第二十九章 実在=瞬間(『今、ここ』) 第七十九章 映像宇宙から実在宇宙へ
第三十章 無意識&非意識 第八十章 錯覚の根本原因
第三十一章 無意識(部分観)&非意識(全体感) 第八十一章 夢=現実
第三十二章 無意識(連想)&非意識(考える) 第八十二章 ゼロ宇宙を哲学する
第三十三章 考える(連想)と“考える” 第八十三章 重力加速度=無限大速度
第三十四章 はじめに暗闇(静止)ありき 第八十四章 ゼロ(次元)世界=中味の自分
第三十五章 宗教=科学=ペテン師 第八十五章 ゼロ=無=実在 & 数=有=映像
第三十六章 円運動&線運動 第八十六章 ゼロ=無限大=全体感
第三十七章 映像宇宙 第八十七章 ゼロ=静止点
第三十八章 実在宇宙 第八十八章 静止実在宇宙から運動映像宇宙へ
第三十九章 次元世界の罠 第八十九章 F=mα & E=mC2
第四十章 色々な空間 第九十章 実在宇宙は『今、ここ』に在る
第四十一章 周りの世界=映像の世界 第九十一章 見える宇宙の誕生
第四十二章 光の幻想 第九十二章 見えない宇宙(世界)の源泉
第四十三章 達人の境地 第九十三章 ゼロ(無限)と一(有限)の世界
第四十四章 健常者が元凶 第九十四章 唯一の力 & 九つの力
第四十五章 健常者が障害者 第九十五章 果てのない有限の数
第四十六章 夢は果てしのない夢 第九十六章 特異点による円回帰運動
第四十七章 夢を見なくなる=悟り(覚醒) 第九十七章 気づきの障害物=“自分が・・・”
第四十八章 静止の世界=変化のない世界 第九十八章 ギャップが鍵
第四十九章 悟り(覚醒)の境地 第九十九章 たまねぎの芯
第五十章 想い(意識・精神・心・魂・霊)の源泉 第百章 光の中の暗闇 & 暗闇の中の光

超対性理論 Vol.(III)おわりに

超対性理論Vol.(II)はじめにでは、
我々が信じている運動宇宙とは、
過去・現在・未来の世界に基づいた、“運動の光と音と臭と味と感触の映像宇宙”に他ならない。
我々の目の前に展開している、いわゆる現実を映像であると自覚しない限り、死の恐怖から解放されることはないだろう。
恐怖の死こそが、絶対性の死、相対性の死に他ならないのだから。
超体性の死こそが、祝福の死に他ならないのだから。
なぜなら、
相対性理論のE=mc2 から原子爆弾ができたのだから、超対性理論から原子爆弾を消滅させるものができるに違いない。
そうすれば、
差別・不条理・戦争のない平等・公正・平和な人間社会を必ず実現させることができるに違いない。
と述べた。
そして、
超対性理論Vol.(II)おわりにあたってでは、
生きるとは死ぬためにあった。
言い換えれば、
生きるとは死という本番のためのリハーサルに他ならなかったのである。
と結論づけた。
では、
超対性理論Vol.(III)はじめにでは、
映像の宇宙(振り子運動)の中での原子爆弾のエネルギーとは、振り子運動のモーメントに他ならない。
従って、
原子爆弾を無力化するとは、振り子運動のモーメントをゼロにして、振り子運動を止めることに他ならない。
つまり、
絶対性の死(可除特異点(removable singularity)=π/2(90度))

相対性の死(真性特異点(essential singularity)=3π/2(270度))
を、
超対性の死(極(pole)=π(180度))=不完全(不完璧)な死
に収束させることに他ならない。
まさに、
(核)分裂したものを、(核)融合させることに他ならない。
ことについて、検証してみようということではじめた。
そして、
その一つの道は、
最も近い過去の(現在)=最も近い未来の(現在)=『現在』、
を志向することによって、
最も高い山の『ここ』=最も深い谷の『ここ』=『今』、
に到達することであった。
もう一つの道は、
最も高い山の『ここ』=最も深い谷の『ここ』=『今』、
を志向することによって、
最も近い過去の(現在)=最も近い未来の(現在)=『現在』、
に到達することであった。
まさに、この二つの道の狙いは
特異点(境界線)を消滅させることにある。
つまり、
無の世界、
と、
有の世界、
の統一(合成=synthesize)の方法は、
特異点(境界線)の消滅にある。
従って、
『今、ここ』という垂直軸を高めていくことが、
生を精一杯生きることに他ならない。
つまり、
『今、ここ』を生き切ることに他ならないのである。
まさに、
『今、ここ』という空間の世界とは、
走っている『今』という名の汽車に乗っている自分の居る静止空間に他ならない。
一方、
過去・(現在)・未来という時空の世界とは、
汽車の窓から見える、動く光景(運動空間)=時空間に他ならない。
まさに、
時空の世界とは、運動空間に他ならない。
ところが、
実は、
運動空間は静止空間であり、
走っている『今』という名の汽車に乗っている自分の居る静止空間こそ運動空間なのである。
この錯覚から目覚めるには、両者を超えるしか方法はないのである。
まさに、
超対性理論の所以がここにある。
そして、
原爆の脅威とは、錯覚の極みが生み出した脅迫観念に他ならないのである。
従って、
逆説的に考えれば、
原爆の脅威が、我々人間の錯覚を目覚めさせてくれるものに他ならなかったのである。

平成22年5月1日  新 田  論