第九十七章 死の意味

相対二元(相対性理論)の世界を生きている我々人間が、絶対三元(超対性理論)の世界に進化するには、『今、ここ』という点(コンパス)で以って、一日一生の完結した円(円回帰運動)、および、一年一生の完結した円(円回帰運動)を描き切ることしか道はない。
そして、
『今、ここ』という点(コンパス)の切り口こそが、
超対性の死=静止の世界への入り口
絶対性の死=静止の世界からの出口
相対性の死=静止の世界からの出口
に他ならない。
逆に言えば、
超対性の死=運動の世界からの出口
絶対性の死=運動の世界への入り口
相対性の死=運動の世界への入り口
に他ならない。
そして、
超対性の死こそが、静止宇宙への入り口である。
つまり、
超対性の死こそが、ブラックホールへの入り口である。
一方、
絶対性の死、相対性の死こそが、運動宇宙への入り口である。
つまり、
絶対性の死、相対性の死こそが、ホワイトホールへの入り口である。
言い換えれば、
いわゆる誕生とは、実在の世界からの出口である。
言い換えれば、
いわゆる誕生とは、静止の世界からの出口である。
逆に言えば、
いわゆる誕生とは、映像の世界への入り口である。
言い換えれば、
いわゆる誕生とは、運動の世界への入り口である。
一方、
いわゆる死とは、実在の世界への入り口である。
言い換えれば、
いわゆる死とは、静止の世界への入り口である。
逆に言えば、
いわゆる死とは、映像の世界からの出口である。
言い換えれば、
いわゆる死とは、運動の世界からの出口である。