第九十五章 『今、ここ』というコンパス

死を知った我々人間は、死の意味を知るしか道はない。
つまり、
絶対一元(絶対性理論)の世界→相対二元(相対性理論)の世界→絶対三元(超対性理論)の世界の円回帰運動を完結するしか道はない。
そして、
我々人間は、地球上で生きているのではなく、地球の一構成員(部分)として存在していることを絶対に忘れてはならない。
言い換えれば、
地球の一構成員(部分)として自転運動と公転運動をしていることを絶対に忘れてはならない。
従って、
地球の一構成員(部分)である我々人間が、絶対一元(絶対性理論)の世界→相対二元(相対性理論)の世界→絶対三元(超対性理論)の世界の円回帰運動を完結するとは、
超対性の死(極(pole)=0π(0度))=完全(完璧)な死=いわゆる誕生
→ 
絶対性の死(可除特異点(removable singularity)=π/2(90度))
→ 
超対性の死(極(pole)=π(180度))=不完全(不完璧)な死
→ 
相対性の死(真性特異点(essential singularity)=3π/2(270度))
→ 
超対性の死(極(pole)=2π(360度))=完全(完璧)な死=いわゆる死
という円回帰運動の一生を送るという意味に他ならず、地球の自転運動と公転運動に沿って生きるということに他ならないのである。
つまり、
地球の自転運動である一日に基づく円
また、
地球の公転運動である一年に基づく円
を『今、ここ』というコンパスで描くことこそが、地球の一構成員(地球の一部分)である全生きもの(鉱物・植物・動物)の宿命に他ならない。
言い換えれば、
地球と一体感(全体感)で生きることとは、地球の自転運動と公転運動という円運動を点として描いていくことに他ならない。
すなわち、
『今、ここ』という点(コンパス)で以って、一日一生の完結した円(円回帰運動)、および、一年一生の完結した円(円回帰運動)を描き切ることに他ならないのである。