第九十三章 死を知る意味(2)

我々人間は、運動の世界を生きている。
つまり、
我々人間は、映像の世界を生きている。
つまり、
我々人間は、相対二元(相対性理論)の世界を生きている。
だから、
我々人間は、死を知っている。
なぜなら、
生は死なくしてありえないし、死も生なくしてありえない、お互い不可分の二元要因に他ならないからである。
つまり、
死を知るということは、生死二元を意識することに他ならないのである。
一方、
自然社会の生きものは、静止の世界を生きている。
つまり、
自然社会の生きものは、実在の世界を生きている。
つまり、
自然社会の生きものは、絶対一元(絶対性理論)の世界を生きている。
だから、
自然社会の生きものは、死を知らない。
なぜなら、
彼らには、生死の概念などないからである。
従って、
我々人間は、死の意味を知るしか道はない。
つまり、
我々人間は、絶対三元(超対性理論)の世界に進化するしか道はないのである。