第九十一章 二つの時間

光速度が一定(絶対)であることが、時差がないと錯覚することの原因になっている。
言い換えれば、
光速度が一定(絶対)であることが、映像(光景)を記憶にしてしまっている。
従って、
光速度が一定(絶対)であることが、過去・現在・未来をいわゆる時間(偽時間)にしてしまっている。
逆に言えば、
光速度が一定(絶対)であることが、『今、ここ』という真の時間(虚時間)を忘却させてしまっている。
つまり、
『今、ここ』こそが、静止なのである。
逆に言えば、
過去・現在・未来は、運動なのである。
言い換えれば、
過去・現在・未来は、映像なのである。
逆に言えば、
『今、ここ』こそが、実在なのである。
従って、
過去・現在・未来という、いわゆる時間(偽時間)を四次元要因とする限り、映像の世界が四次元世界となって、我々人間は過去・現在・未来を制御することは不可能になる。
つまり、
過去・現在・未来に支配されることになる。
なぜなら、
我々人間は、四次元要因より一次元低次の三次元立体だからである。
逆に言えば、
『今、ここ』という、真の時間(虚時間)を四次元要因とするなら、実在の世界が四次元世界となって、我々人間は『今、ここ』を制御することは不可能になる。
つまり、
『今、ここ』に支配されることになる。
つまり、
『今、ここ』に無条件にいることが可能になる。
なぜなら、
我々人間は、四次元要因より一次元低次の三次元立体だからである。
結局の処、
我々人間が、いわゆる現実を夢(映像)だと覚醒できない原因は、過去・現在・未来に想いを馳せて生きているからである。
つまり、
我々人間は、過去・現在・未来に想いを馳せて生きているから錯覚しているのである。
逆に言えば、
我々人間は、『今、ここ』を生きれば、いわゆる現実を夢(映像)だと覚醒できるのである。