第九十章 『今、ここ』と過去・現在・未来

映像こそが、錯覚の張本人に他ならない。
つまり、
光こそが、映像の超本人に他ならない。
従って、
光も、相対(変動)速度に他ならない。
だから、
光速度は秒速30万キロという有限速度なのである。
従って、
光速度は有限速度なのである。
つまり、
有限速度とは、有速度なのである。
つまり、
有速度とは、運動なのである。
だから、
光は、運動なのである。
更に、
光速度が一定(絶対)であることが、時差がないと錯覚することの原因になっている。
言い換えれば、
光速度が一定(絶対)であることが、映像(光景)を記憶にしてしまっている。
従って、
光速度が一定(絶対)であることが、過去・現在・未来をいわゆる時間(偽時間)にしてしまっている。
逆に言えば、
光速度が一定(絶対)であることが、『今、ここ』という真の時間(虚時間)を忘却させてしまっている。
つまり、
『今、ここ』こそが、静止なのである。
逆に言えば、
過去・現在・未来は、運動なのである。
言い換えれば、
過去・現在・未来は、映像なのである。
逆に言えば、
『今、ここ』こそが、実在なのである。