第八十二章 逆さま人生

死を知った唯一の生きものである我々人間が死を怖れる。
では、
死を知るということは、死を怖れるためなのか?
では、
死を知った人生を送るということは、怖れる人生を送るためなのか?
では、
知るということは、怖れるためなのか?
では、
知性とは、怖れるための道具なのか?
ところが、
人類に知性が誕生したのは、外敵に食われる怖れからの解放にあったはずである。
つまり、
人類に知性が誕生したのは、死の怖れからの解放にあったはずである。
つまり、
人類に知性が誕生したのは、死の恐怖から解放する道具であったはずである。
つまり
知るということは、怖れないためであったはずである。
つまり、
死を知った人生を送るということは、怖れない人生を送るためであったはずである。
つまり、
死を知るということは、死を怖れないためであったはずである。
従って、
死を知った唯一の生きものである我々人間は死を怖れないはずである。
まさに、
我々人間の一生は、どこかで逆さまになってしまったのである。
その原因が、
死の理解を妨げている絶対性の死と相対性の死にある。