第七十九章 夢の中の眠り

我々人間は、産まれた直後の記憶が欠落している。
つまり、
超対性の死(極(pole)=0π(0度))=完全(完璧)な死=いわゆる誕生
が欠落している証左である。
また、
我々人間は、死ぬ直前の記憶も欠落している。
つまり、
超対性の死(極(pole)=2π(360度))=完全(完璧)な死=いわゆる死も欠落している証左である。
その結果、
我々人間の一生は、
絶対性の死(可除特異点(removable singularity)=π/2(90度))
→ 
超対性の死(極(pole)=π(180度))=不完全(不完璧)な死
→ 
相対性の死(真性特異点(essential singularity)=3π/2(270度))
=いわゆる生
という振り子運動の一生になってしまったのである。
従って、
我々人間の一生を、
超対性の死(極(pole)=0π(0度))=完全(完璧)な死
→ 
絶対性の死(可除特異点(removable singularity)=π/2(90度))
→ 
超対性の死(極(pole)=π(180度))=不完全(不完璧)な死
→ 
相対性の死(真性特異点(essential singularity)=3π/2(270度))
→ 
超対性の死(極(pole)=2π(360度))=完全(完璧)な死
という円回帰運動の一生に戻さなければならない。
ではどうすれば、
振り子運動の一生を円回帰運動の一生に戻すことができるのか?
そこで、
振り子運動の一生では、
絶対性の死(可除特異点(removable singularity)=π/2(90度))が、夜眠りに就く瞬間(とき)であった。
一方、
相対性の死(真性特異点(essential singularity)=3π/2(270度))が、朝眠りの中の夢から覚めた瞬間(とき)であった。
まさに、
絶対性の死(可除特異点(removable singularity)=π/2(90度))
→ 
超対性の死(極(pole)=π(180度))=不完全(不完璧)な死
→ 
相対性の死(真性特異点(essential singularity)=3π/2(270度))
=いわゆる生
という振り子運動の一生に他ならない所以である。
ところが、
円回帰運動の一生では、
絶対性の死(可除特異点(removable singularity)=π/2(90度))が、朝眠りの中の夢から覚めた瞬間(とき)になる。
一方、
相対性の死(真性特異点(essential singularity)=3π/2(270度))が、夜眠りに就く瞬間(とき)になる。
まさに、
逆さま人生を順さま人生に変えることである。
従って、
超対性の死(極(pole)=π(180度))とは、朝眠りの中の夢から覚めた瞬間(とき)から、夜眠りに就く瞬間(とき)との合間にある、昼間起きているいわゆる現実の中にある。
まさに、
いわゆる現実こそ、超対性の死の一瞥に他ならない。
これが逆さまであったのである。
だから、
一瞥だったのである。
逆に言えば、
我々人間の人生は、眠りの中の夢の人生(夜間の人生)が主役で、夢の中の眠りの人生(昼間の人生)が脇役だったのである。
つまり、
夢の中の眠りとは、昼間の人生、つまり、いわゆる現実に他ならない。