第七十八章 肉体の死=相転移現象

我々人間は、産まれた直後の記憶が欠落している。
つまり、
超対性の死(極(pole)=0π(0度))=完全(完璧)な死=いわゆる誕生
が欠落している証左である。
また、
我々人間は、死ぬ直前の記憶も欠落している。
つまり、
超対性の死(極(pole)=2π(360度))=完全(完璧)な死=いわゆる死も欠落している証左である。
その結果、
我々人間の一生は、
絶対性の死(可除特異点(removable singularity)=π/2(90度))
→ 
超対性の死(極(pole)=π(180度))=不完全(不完璧)な死
→ 
相対性の死(真性特異点(essential singularity)=3π/2(270度))
=いわゆる生
という振り子運動の一生になってしまったのである。
つまり、
不完全(不完璧)な死しかできなくなったのである。
言い換えれば、
不完全(不完璧)な記憶しか持てなくなったのである。
言い換えれば、
不完全(不完璧)な潜在能力しか発揮できなくなったのである。
言い換えれば、
不完全(不完璧)な五感機能しか持てなくなったのである。
言い換えれば、
不完全(不完璧)な肉体しか持てなくなったのである。
では、
不完全(不完璧)な肉体とはどういう状態なのだろうか?
五臓六腑(内臓)と五感(外皮)で構成されている肉体全体がバラバラの状態であることに他ならない。
言い換えれば、
五臓六腑(内臓)と五感(外皮)で構成されている肉体全体が一体感(全体感)でない状態であることに他ならない。
つまり、
五臓六腑(内臓)と五感(外皮)で構成されている肉体全体が部分観の状態であることに他ならない。
その結果、
自他の区分け意識、つまり、自我意識(“自分は・・・”と想う意識)が誕生したのである。
結局の処、
誕生→生→死とは、自我意識(“自分は・・・”と想う意識)にとっての誕生→生→死に過ぎなかったのである。
言い換えれば、
誕生→生→死とは、意識・心・精神・魂・霊にとっての誕生→生→死に過ぎなかったのである。
つまり、
肉体の誕生→生→死などなかったのであって、ただ位相の変化(相転移)をしていただけなのである。