第五十一章 見える世界と見えない世界

我々人間は、
実在の世界への入り口が死であることを自覚していない。
逆に言えば、
我々人間は、
映像の世界からの出口が死であることを自覚していない。
だから、
我々人間は、死から目を背けて生きてきたのである。
一方、
我々人間は、
映像の世界への入り口が誕生であることを自覚していない。
逆に言えば、
実在の世界からの出口が誕生であることを自覚していない。
だから、
我々人間は、生に執着して生きてきたのである。
まさに、
生が映像の世界であり、死が実在の世界である証明だ。
ところが、
我々人間は、
生の世界が現実の世界であり、死の世界は非現実の世界だと思い込んできた。
言い換えれば、
生の世界が見える世界であり、死の世界が見えない世界だと思い込んできた。
そして、
見える世界が現実の世界であり、見えない世界が非現実の世界だと思い込んできた。
つまり、
見える世界が実在の世界であり、見えない世界が映像の世界だと思い込んできた。
まさに、
我々人間は、逆さまに観てきたのである。
結局の処、
見える世界が非現実の映像の世界だったのである。
見えない世界が現実の実在の世界だったのである。