第四十四章 超対性の死の欠落

我々人間にとって、
超対性の死(極(pole)=0π(0度))
→ 
絶対性の死(可除特異点(removable singularity)=π/2(90度))
→ 
超対性の死(極(pole)=π(180度))
→ 
相対性の死(真性特異点(essential singularity)=3π/2(270度))
→ 
超対性の死(極(pole)=2π(360度))
という円回帰運動が一生の在り方である。
ところが、
我々人間にとって、
絶対性の死(可除特異点(removable singularity)=π/2(90度))
→ 
超対性の死(極(pole)=π(180度))
→ 
相対性の死(真性特異点(essential singularity)=3π/2(270度))
→ 
超対性の死(極(pole)=π(180度))
→ 
絶対性の死(可除特異点(removable singularity)=π/2(90度))
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
という振り子運動が一生の考え方になってしまった。
まさに、
相対性(二)、つまり、相対性(0、1)二元の好いとこ取りの相対一元論に陥ってしまったのである。
つまり、
我々人間が好いとこ取りの相対一元論に陥った原因は、超対性の死(極(pole)=0π(0度))と超対性の死(極(pole)=2π(360度))の欠落に他ならない。
言い換えれば、
我々人間が好いとこ取りの相対一元論に陥った原因は、始点と終点の欠落に他ならない。
言い換えれば、
我々人間が好いとこ取りの相対一元論に陥った原因は、誕生と死の欠落に他ならない。
結局の処、
我々人間が好いとこ取りの相対一元論に陥った原因は、超対性の死の欠落に他ならない。