第四十三章 振り子運動がもたらした錯覚

絶対性の死(可除特異点(removable singularity)=π/2(90度))
→ 
超対性の死(極(pole)=π(180度))
→ 
相対性の死(真性特異点(essential singularity)=3π/2(270度))
→ 
超対性の死(極(pole)=π(180度))
→ 
絶対性の死(可除特異点(removable singularity)=π/2(90度))
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という振り子運動を一生と捉えるようになってしまった我々人間は、宇宙を貫く円回帰運動を忘却してしまって、人間の一生を線運動に置き換えてしまった。
円回帰運動は、
始点に必ず回帰する、つまり、始点=終点であるのに、
線運動では、
時系列に沿って、始点からどんどんかけ離れていくことになる。
かくして、
我々人間だけに、際限のない欲望が生じてしまったのである。
更に、
際限のない欲望が、相対性(二)、つまり、相対(0、1)二元を二律背反関係に押しやってしまった。
相対(0、1)二元は、本来、補完関係にあるものだが、際限のない人間の欲望が、二律背反関係に押しやり、ここに、好いとこ取りの相対一元論を生みだしてしまったのである。
その結果、
我々人間だけに、
“生が好くて、死が悪い”という区分け(差別)意識が生まれたのである。
そして、
“善が好くて、悪が悪い”という区分け(差別)意識が生まれたのである。
“オスが好くて、メスが悪い”という区分け(差別)意識が生まれたのである。
“強が好くて、弱が悪い”という区分け(差別)意識が生まれたのである。
“賢が好くて、愚が悪い”という区分け(差別)意識が生まれたのである。
“富が好くて、貧が悪い”という区分け(差別)意識が生まれたのである。
“幸福が好くて、不幸が悪い”という区分け(差別)意識が生まれたのである。
“天国が好くて、地獄が悪い”という区分け(差別)意識が生まれたのである。
“神が好くて、悪魔が悪い”という区分け(差別)意識が生まれたのである。
“健康が好くて、病気が悪い”という区分け(差別)意識が生まれたのである。
“支配者が好くて、被支配者が悪い”という区分け(差別)意識が生まれたのである。
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だから、
我々人間社会だけが、
支配・被支配二層構造の世襲・相続の差別社会
悩みや四苦八苦、挙句の果ての、死の恐怖に苛まれる社会
差別・不条理・戦争を繰り返す社会
になったのである。