第四十二章 円回帰運動と振り子運動

我々人間は、
誕生(始点)→生(円周)→死(終点)という円回帰運動を自己の一生と捉えてきた。
つまり、
超対性の死(極(pole)=0π(0度))を
“誕生”と捉えてきた。
そして、
絶対性の死(可除特異点(removable singularity)=π/2(90度))
→ 
超対性の死(極(pole)=π(180度))
→ 
相対性の死(真性特異点(essential singularity)=3π/2(270度))
を“生”と捉えてきた。
そして、
超対性の死(極(pole)=2π(360度))
を“死”と捉えてきた。
ところが、
我々人間は、
“生”、つまり、“生きる”ことである、
絶対性の死(可除特異点(removable singularity)=π/2(90度))
→ 
超対性の死(極(pole)=π(180度))
→ 
相対性の死(真性特異点(essential singularity)=3π/2(270度))
だけに執着して、
超対性の死(極(pole)=0π(0度))である“誕生”
超対性の死(極(pole)=2π(360度))である“死”
から目を逸らして生きてきた。
その結果、
誕生(始点)→生(円周)→死(終点)という円回帰運動を一生と捉えずに、生(円周)だけを一生と捉えるようになってしまった。
その結果、
絶対性の死(可除特異点(removable singularity)=π/2(90度))
→ 
超対性の死(極(pole)=π(180度))
→ 
相対性の死(真性特異点(essential singularity)=3π/2(270度))
→ 
超対性の死(極(pole)=π(180度))
→ 
絶対性の死(可除特異点(removable singularity)=π/2(90度))
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という振り子運動を一生と捉えるようになってしまった。
まさに、
相対性(二)の世界だけを、現実だと捉えるようになってしまったのである。
まさに、
映像の世界だけを、現実だと捉えるようになってしまったのである。