第三十三章 “同じもの”と“違うもの”

超対性の世界、
つまり、
人間が目差すべき社会は、
超対(三)性の世界、超対(0、1、0)の世界である。
つまり、
(事実、真実、真理)三元の世界である。
つまり、
事実と真実は、違っているようで同じであるとも言える世界である。
真実と真理は、違っているようで同じであるとも言える世界である。
事実と真理は、同じようで違っているのであるとも言える世界である。
これは一体何を意味しているのか?
拙著「夢の中の眠り」Volume(IV)Chapter648【地球の四十八の法則】、及び、Chapter649【十六通りの「二元論」】、Chapter650【十六通りの「全体と部分の相対性の法則」】、Chapter651【十六通りの「在り方と考え方」】で詳細に論述しているが、
かいつまんで言えば、
事実と真実は、違っているようで同じであるとも言える世界である。
とは、
事実と真実の間では、66.66666・・・%同じであり、33.33333・・・%違うのである。
真実と真理は、違っているようで同じであるとも言える世界である。
とは、
真実と真理の間では、66.66666・・・%同じであり、33.33333・・・%違うのである。
事実と真理は、同じようで違っているのであるとも言える世界である。
とは、
事実と真理の間では、66.66666・・・%同じであり、33.33333・・・%違うのである。
つまり、
すべての“ものごと”は、66.66666・・・%同じであり、33.33333・・・%違うのである。
結局の処、
まったく同じものなど絶対にないのであり、まったく違うものなども絶対にないのである。