第三十二章 超対性の世界の考え方

超対性の世界、
つまり、
人間が目差すべき社会は、
超対(三)性の世界、超対(0、1、0)の世界である。
つまり、
(事実、真実、真理)三元の世界である。
つまり、
事実と真実は、違っているようで同じであるとも言える世界である。
真実と真理は、違っているようで同じであるとも言える世界である。
事実と真理は、同じようで違っているのであるとも言える世界である。
従って、
絶対性の世界も、相対性の世界も、超対性の世界も貫く世界とは、
超対性の世界に他ならない。
だから、
目差すべき人間社会では、
“善もない、悪もない”という超意識の考え方が生まれるのである。
“オスもない、メスもない”という超意識の考え方が生まれるのである。
“強もない、弱もない”という超意識の考え方が生まれるのである。
“賢もない、愚もない”という超意識の考え方が生まれるのである。
“富もない、貧もない”という超意識の考え方が生まれるのである。
“幸福もない、不幸もない”という超意識の考え方が生まれるのである。
“天国もない、地獄もない”という超意識の考え方が生まれるのである。
“神もない、悪魔もない”という超意識の考え方が生まれるのである。
“健康もない、病気もない”という超意識の考え方が生まれるのである。
“支配者もない、被支配者もない”という超意識の考え方が生まれるのである。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
そして、
“生もない、死もない”という超意識の考え方が生まれるのである。