第三十一章 相対性(人間)の世界

相対性の世界、
つまり、
人間社会は、
相対(二)性の世界、相対(0、1)の世界である。
つまり、
(事実、真実)二元の世界である。
つまり、
事実と真実は、違っているようで同じであるとも言える世界である。
平たく言えば,
人間社会は、
逆さま社会である。
だから、
人間社会には、
“善が好くて、悪が悪い”という区分け(差別)意識が生まれたのである。
“オスが好くて、メスが悪い”という区分け(差別)意識が生まれたのである。
“強が好くて、弱が悪い”という区分け(差別)意識が生まれたのである。
“賢が好くて、愚が悪い”という区分け(差別)意識が生まれたのである。
“富が好くて、貧が悪い”という区分け(差別)意識が生まれたのである。
“幸福が好くて、不幸が悪い”という区分け(差別)意識が生まれたのである。
“天国が好くて、地獄が悪い”という区分け(差別)意識が生まれたのである。
“神が好くて、悪魔が悪い”という区分け(差別)意識が生まれたのである。
“健康が好くて、病気が悪い”という区分け(差別)意識が生まれたのである。
“支配者が好くて、被支配者が悪い”という区分け(差別)意識が生まれたのである。
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そして、
“生が好くて、死が悪い”という区分け(差別)意識が生まれたのである。
だから、
人間社会は、
支配・被支配二層構造の世襲・相続の差別社会
悩みや四苦八苦、挙句の果ての、死の恐怖に苛まれる社会
差別・不条理・戦争を繰り返す社会
なのである。