第三十章 絶対性(自然)の世界

絶対性の世界、
つまり、
自然社会は、
絶対(一)性の世界、絶対(0)の世界である。
つまり、
(事実)一元の世界である。
つまり、
事実は事実、ありのままの世界である。
平たく言えば,
自然社会は、
シンプルな社会である。
だから、
自然社会には、
“善が好くて、悪が悪い”という区分け(差別)意識がないのである。
“オスが好くて、メスが悪い”という区分け(差別)意識がないのである。
“強が好くて、弱が悪い”という区分け(差別)意識がないのである。
“賢が好くて、愚が悪い”という区分け(差別)意識がないのである。
“富が好くて、貧が悪い”という区分け(差別)意識がないのである。
“幸福が好くて、不幸が悪い”という区分け(差別)意識がないのである。
“天国が好くて、地獄が悪い”という区分け(差別)意識がないのである。
“神が好くて、悪魔が悪い”という区分け(差別)意識がないのである。
“健康が好くて、病気が悪い”という区分け(差別)意識がないのである。
“支配者が好くて、被支配者が悪い”という区分け(差別)意識がないのである。
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そして、
“生が好くて、死が悪い”という区分け(差別)意識がないのである。
だから、
自然社会は、
支配・被支配二層構造の世襲・相続の差別社会
悩みや四苦八苦、挙句の果ての、死の恐怖に苛まれる社会
差別・不条理・戦争を繰り返す社会
ではないのである。