第二十八章 絶対・相対・超対を貫く真理

絶対性の世界とは、
絶対(一)性の世界である。
相対性の世界とは、
相対(二)性の世界である。
超対性の世界とは、
超対(三)性の世界である。
平たく言えば、
絶対(一)の世界とは、
絶対(0)の世界のことである。
相対(二)の世界とは、
相対(0、1)の世界のことである。
超対(三)の世界とは、
超対(0、1、0)の世界のことである。
まさに、
絶対性の世界とは、
円回帰運動の始点の世界に他ならない。
相対性の世界とは、
円回帰運動の円周の世界に他にならない。
超対性の世界とは、
円回帰運動の終点の世界に他ならない。
従って、
すべての事象は、
絶対性(始点)の世界→相対性(円周)の世界→超対性(終点)の世界へと進化(円完結)する。
従って、
絶対性の世界も、相対性の世界も、超対性の世界も貫く世界では、
不変性=一時性=永遠性ではなく、
不変性と一時性は、違っているようで同じであるとも言えるのである。
一時性と永遠性は、違っているようで同じであるとも言えるのである。
不変性と永遠性は、同じようで違っているのであるとも言えるのである。
従って、
絶対性の世界も、相対性の世界も、超対性の世界も貫く世界では、
絶対性=相対性=超対性ではなく、
絶対性と相対性は、違っているようで同じであるとも言えるのである。
相対性と超対性は、違っているようで同じであるとも言えるのである。
絶対性と超対性は、同じようで違っているのであるとも言えるのである。
従って、
絶対性の世界も、相対性の世界も、超対性の世界も貫く世界では、
絶対一元=相対二元=超対三元ではなく、
絶対一元と相対二元は、違っているようで同じであるとも言えるのである。
相対二元と超対三元は、違っているようで同じであるとも言えるのである。
絶対一元と超対三元は、同じようで違っているのであるとも言えるのである。
従って、
絶対性の世界も、相対性の世界も、超対性の世界も貫く世界では、
事実=真実=真理ではなく、
事実と真実は、違っているようで同じであるとも言えるのである。
真実と真理は、違っているようで同じであるとも言えるのである。
事実と真理は、同じようで違っているのであるとも言えるのである。