第二十五章 事実=真実=真理という錯覚

事実=絶対性=不変性に他ならない。
真実=相対性=一時性に他ならない。
真理=超対性=永遠性に他ならない。
ところが、
我々人間は、事実=真実=真理と錯覚してきた。
この錯覚は、我々人間社会に重大な問題を齎してきた。
だから、
“善が好くて、悪が悪い”という考え方に懲り固まってしまった。
“右が好くて、左が悪い”という考え方に懲り固まってしまった。
“+が好くて、−が悪い”という考え方に懲り固まってしまった。
“1が好くて、0が悪い”という考え方に懲り固まってしまった。
その結果、
支配・被支配二層構造の世襲・相続の差別社会
悩みや四苦八苦、挙句の果ての、死の恐怖に苛まれる社会
差別・不条理・戦争を繰り返す社会
という人間社会になってしまったのである。
更に、
“オスが好くて、メスが悪い”という考え方に懲り固まってしまった。
“強が好くて、弱が悪い”という考え方に懲り固まってしまった。
“賢が好くて、愚が悪い”という考え方に懲り固まってしまった。
“富が好くて、貧が悪い”という考え方に懲り固まってしまった。
“幸福が好くて、不幸が悪い”という考え方に懲り固まってしまった。
“天国が好くて、地獄が悪い”という考え方に懲り固まってしまった。
“神が好くて、悪魔が悪い”という考え方に懲り固まってしまった。
“健康が好くて、病気が悪い”という考え方に懲り固まってしまった。
“支配者が好くて、被支配者が悪い”という考え方に懲り固まってしまった。
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そして挙句の果てに、
“生が好くて、死が悪い”という考え方に懲り固まってしまった。
この問題は一重に、
事実=真実=真理と錯覚してきたからである。
逆に言えば、
不変性=一時性=永遠性と錯覚しているのと同じなのである。