第十八章 (2)は(2)ではなく(2→0→2)

我々人間社会だけが、
支配・被支配二層構造の世襲・相続の差別社会
悩みや四苦八苦、挙句の果ての、死の恐怖に苛まれる社会
差別・不条理・戦争を繰り返す社会
になってしまった原因は、
数字(0)の概念を包摂した相対二元論(本来の相対二元論)を忘却してしまい、数字(2)だけをキーナンバーとする相対二元論(好いとこ取りの相対一元論)に拘泥してしまったからである。
平たく言えば、
“善が好くて、悪が悪い”という考え方に懲り固まってしまったからである。
“右が好くて、左が悪い”という考え方に懲り固まってしまったからである。
“+が好くて、−が悪い”という考え方に懲り固まってしまったからである。
“1が好くて、0が悪い”という考え方に懲り固まってしまったからである。
まさに、
この考え方こそが、
数字(2)だけをキーナンバーとする相対二元論(好いとこ取りの相対一元論)に他ならない。
では、
数字(0)の概念を包摂した相対二元論(本来の相対二元論)とは、一体どんなものなのか?
(2)は(2)一元ではなく、(2→0→2)二元なのである。
言い換えれば、
“善”は“善”一元ではなく、【善→悪→善】二元なのである。
“悪”は“悪”一元ではなく、【悪→善→悪】二元なのである。
“右”は“右”一元ではなく、【右→左→右】二元なのである。
“左”は“左”一元ではなく、【左→右→左】二元なのである。
“+”は“+”一元ではなく、【+→−→+】二元なのである。
“−”は“−”一元ではなく、【−→+→−】二元なのである。
“1”は“1”一元ではなく、【1→0→1】二元なのである。
“0”は“0”一元ではなく、【0→1→0】二元なのである。
まさに、
(2)は(2)一元ではなく、(2→0→2)二元なのである。