第六章 地球上での神

わたしが 日本に降りたとき地球上ではユーラシア大陸の西端にあるヨーロッパに棲みついた肌の白い人間がブイブイ言わしていました。
それまでは、北の果ての地域として文明の進化は遅れていた後進地域でした。
先進地域は、ユーラシア大陸の東端に位置する中国文明、ユーラシア大陸の中央に位置するインド・ペルシャ文明、ユーラシア大陸の大陸棚になっていたメソポタミア文明、アトランティス大陸が大西洋に沈んだ後、アフリカ島とユーラシア大陸が繋がったシナイの地からアフリカ島のへそになっていたナイル川の出口にあるエジプト文明などが先進文明地域でした。
ところがその後、未開の地であったヨーロッパに南から、東から民族の移動が起こって、先進文明だった地域が衰えていく中で、勃興してきたのがヨーロッパ地域だったのです。
ただその中で、東端にあった中国文明だけは依然、先進文明を誇っていたのです。
ヨーロッパ地域はこれら古代文明の衰退の原因をつくったローマ帝国の北上にともなって、徐々に小国を形成していき、ローマ帝国の衰退とともに独立していったのです。
古代文明とローマ帝国が相克する中でシナイの地に神の子と称する人間が現れ、それまでの宗教観を覆す教えを広めたました。
わたしが神でその人間がわたしの子であるなんて常識で考えても合点がいきませんでしたが、彼の教えはたしかにわたしの「想い」を人間が理解しやすいように代弁してくれていたことはわたしも認めますが神の子というのはちょっと言い過ぎではないかと思います。
人間はあくまで地球という酸素の多い大気を持つ、しかも太陽の惑星という極めて稀な条件下で生物が生まれ、その生物の単なる一種類にしか過ぎないものだということだけは解って欲しいと思います。
その点、彼より溯ること約4百年前にインドに生まれた人間の教えはわたしたち「想い」の世界のことをよく理解していたように思います。ただ彼の教えはよほどの知性がないと理解されませんので、あまり広がらなかったようです。広がったにしてもまったく彼の教えから程遠い間違ったものだったのです。それよりもシナイの人間の教えの方が理解の深さではインドの彼の人間と比べくもないものですが、一般人間には分かりやすかった点が大きく広がった理由だと思います。まだ人間のレベルはわたしたちからしたら、所詮そんな程度です。
当たり前と言えば当たり前なのですが、わたしたちのことをたかだか人間が理解できるはずもありません。
わたしや、クウ、ミズ、ヒカリ、ギンガ、イシキは 宇宙の物質によって構成されている物体を操作する「想い」であります。
人間はわたしという「想い」が操作する地球という物体のほんの一部分にしか過ぎません。
その一部分がわたしと同化するというのは、まさしく地球の生物を制覇した人間の傲慢な錯覚であることを認識させなければなりません。
シナイの彼の人間の教えは人間に対しての教育としては正しいと思いますし、その方便としてわたしの子と言ったのであろうとは思いますが、わたしはそのようなレベルで地球を見てきたのではありません。
彼の教えのベースになった神の預言者の教えも神であるわたしからの教えとして当時の人間に広めました。
だけど、わたしはそんな教えをしたことはありません。
人間だけを対象にした想いは一切ありません。
わたしは、あくまで地球全体の「想い」であることを解って欲しいと思います。
いま、地球のへそにあたる日本に降り立ったのは、このことを人間に解らせるためなのです。
言いましたように、へそにあたる部分に存在する人間は、わたしが強調しています「想い」が一番重要であることを理解する能力があるからです。
まず、この人間たちとの交流から始めて行こうと思っているのです。
ただ言いましたように、わたしが降り立ったときは、ヨーロッパ地域がブイブイ言わしており、実力的には日本の人間も十分ヨーロッパの人間たちと対抗出来るものを持っているのですが、なにぶん多勢に無勢であり、わたしが何とかして後押しをしてやらないといけないと思ったのです。
幸い、わたしが降り立ったとき日本にも大した人間がいたのでわたしもちょっとは安心したのですが、安心するとやはり神であるわたしも、本当は単なるカミであることを忘れてしまい、また失敗をすることになるのです。