第四十九章 人間の良し悪し

テンシの山での経験は、わたしの人間観をも変えました。
一緒に山を下りようとテンシに言ったのですが、テンシはもう少しこのままでいたいと言うので、それを受け入れて、イクサと一緒に山を下りました。
途中、イクサもテンシの話には何か感じるものがあったらしく、我々「想い」が肉体という星をコントロールすることが絶対正しいことだと思っていたが、肉体の中に「想い」を閉じ込められていることにも良さがあることを知ったことなのです。
わたしもそう思いました。
地球の支配者で神と呼ばれても人間に対して無力感を感じていたのも、神には持っていない人間だけの悦びもあるというのが原因で人間を羨ましいと思っていた。それが、人間に対して劣等感として感じていたことを知ったのです。
支配者が被支配者を羨ましく思って、劣等感を持つ。おかしな話ですが事実は事実なのです。
テンシも言っていましたが、人間にはどうやらプラスの面とマイナスの面が必ずどんなことにもあるのが法則らしい。その法則が48個の法則の一つかどうかは分かりませんが、つまり難しい言い方をすれば2元論の世界のようです。
だから、一面的な判断を人間に対してはしてはいけないということなのです。
このルールに関してはわたしもイクサもテンシも完全に意見が一致しました。
今まで見てきた人間の非道はそのマイナスの面が現れたのであって、それだけですべて悪いと決めつけられないのが人間だと言うことが結論でした。
伊勢に帰ってから父のヒカリに相談したら、ヒカリもその通りだと言ってくれ、人間という有機生命体は非常に複雑な生命体で、小宇宙と言われているように、我々にとって未知の世界の全宇宙、いやまだその向こうの絶対宇宙にも通ずる法則が人間の心という「想い」を包みこんだ肉体には働いているようだ。自分には分からないが。と父のヒカリは最後に助言をくれました。
そう言えば、父のヒカリが教えてくれた絶対宇宙の「一定量」という唯一の法則が「ポジティブな意識」「ネガティブな意識」「ニュートラルな意識」の三つに全宇宙で分化された後はすべてプラスとマイナスの分化の連続であることを思い出しました。
まさに、人間はそれを顕現しているのです。
非道な人間はマイナスの人間であって、プラスの人間もいるという観点で人間の罪に対する対処をしていかなければならないことを知りました。