第三十八章 テンシの罠

テンシが地球に降りてきたときのタイミングは絶妙なものでした。
ヨーロッパ諸国の各王朝が生まれてから約300年間、アフリカ・アジアの国を侵略し尽くしたあとの退廃がピークにきた時期だったのです。今まで外国に目を向けていた各国の国民が自分たちの国の王朝に疑問を持ちはじめたのです。
特に北の厳寒の国であったロシアのロマノフ王朝はヨーロッパ諸国の王朝の中では一番遅れて出来た王朝で、ピヨートル大帝までは良かったがその後やはり余りにも厳しい気候が国民の間に大きな格差を生み、その王朝の滅亡を早めたと言えるでしょう。
しかし、幸いにもその前にフランスで革命が起きたのです。このフランス革命は明らかに王朝すべてに対する挑戦と考えていいでしょう。しかも革命のリーダーシップを獲ったのは明らかにテンシの仕業だと断言できます。この革命によってロシア革命は、時期は別として決定的となったのは事実です。もし、ロシア革命による共産主義国家が出来ていなかったとしても、その時はロシアの代わりにフランスが共産主義革命を起こしたことは間違いないでしょう。その時はレーニンの代わりにフランスの英雄が革命の指導者になっていただけのことです。
要するに、このふたつの革命は明らかに仕掛けられていたのです。
ちょうど、この頃にロシアで秘密裏に世界を転覆する会議が開かれていたのです。そして今後100年間に起こり得ることを偶然に見せかけ、実は確実に実現させるためのシナリオを書きあげたのです。
このふたつの革命もそのシナリオ通りに為されただけなのであり、どうやらこの背後にテンシの姿が見え隠れしていたのです。
テンシが最初に人間に対して激怒したのが、黒人奴隷の例のエルミナ城のときでした。
そのとき、わたしに彼らヨーロッパの王朝支配者を一気に処罰すべしと主張していました。その王朝の切り崩しを考えているらしいとはイクサから聞いていました。
テンシは何かするときは、考え方の似ているイクサに必ず相談するのです。イクサ自身は性格、考え方は似ていてもやはり惑星です。テンシのようなやり方は好みません。
しかし、かわいい甥のことですから話しは聞いてやっていたそうです。その話しを聞くと実に残酷なことを考えているのでイクサも同意はしなかったそうです。
そこで独りで地球に降り立った訳です。
フランス革命、ロシア革命の後に第1次世界大戦です。人間の歴史では世界大戦と呼ばれていますが、一体どこが世界大戦なのでしょうか、わたしには理解出来ません。誰かが世界大戦と世界に思わせたかったからでしょう。
帝国主義に出遅れた、ドイツ・オーストリア帝国がスペイン、ポルトガル、オランダといったところが先を走っている時は、もともとスペインを支配し、オランダとも姻戚関係にあったオーストリアのハプスブルグ家にとっては問題なかったが、イギリスのビクトリア王朝やフランスのブルボン王朝に先を行かれると困る。それだけのことで、セルビアのサラエボでオーストリアの皇太子が暗殺されたのがきっかけだと言われているが、こんなのは表面的な理由で、やはり帝国主義の覇権争いに過ぎない局地戦争だったのです。それを第1次世界大戦なんて、大袈裟なことを言う。ここにも何か意図的なものを感じざるを得ません。
そしてその影響で世界大恐慌が起こる、これにしても明らかに、ある人間たちの意図がはっきりしているようです。
そしてこの頃からイギリスにとってかわってアメリカが世界の覇権主義の頭をもたげだした。
これらすべての事件が偶然どころか、完全に意図的に仕組まれたものであることは、周知の事実だと思います。
意図的に仕組まれたものが事実なら、そこに何らかの目的があるはずです。
テンシが後ろで糸を引いているなら、この一連の出来事の狙いは人種差別をし、帝国主義植民地政策を展開していった欧米諸国に対する最終的審判であろうと思います。
欧米白人社会の世界制覇の継続を目的としたものなら、一般的に報道されているように、有色人種国家の台頭に対する牽制なのでしょうが、それにしたらあまりにも手がこみ過ぎています。
やはり、テンシの差しがねだと断定せざるを得ない。
しかし、もう少し様子を見てみようと思っています。