第三十二章 懲りない人間

わたしが目をかけてやっているひとりの人間がいます。
なかなか個性があって、努力をするところが気に入っているのですが、これがまたいくら失敗しても懲りずに失敗を繰り返すのです。だけど素直に反省するので、つい又目をかける。すると又調子乗って失敗をする。
この人間の一生はこうです。
最初に努力をした。これは良い。
それから調子に乗って失敗をする、だけども素直なところがあるから、反省をして又努力する結果、調子に乗る。そして又失敗する。まあ、今までこの繰り返しを何百回やってきたことか。
最近も、―ああ、この話しは現代にちょっと戻ってのことですので悪しからず― 何かアメリカのホットな賭博の街にいて、いろいろ本人なりに使命感を持って頑張っているようですが、これがまったく懲りない人間なんです。
本性は臆病者なんですが、一所懸命努力して克服しようとする心根は評価してやっていいと思うのですが、懲りないところがいけない。
特にもっての他なのは、博打に、このわたしを利用しようとしておる。
毎朝 瞑想をして心身をリフレッシュしておるようですが、それはいいことなのですが、その時に、今日の博打の当たり番号を教えてくれとわたしに聞くのです。
これには、わたしも開いた口が塞がらない。
今まで二度程、教えてやったわたしも悪かったのですが、それに味しめて調子に乗ってしょっちゅう聞いてくるのです。それで実は今日もまったくでたらめな番号を教えてやったら、嬉しそうにホイホイまた行きよる。そしてまったくその通り来ないのに意地になって、スッテンテンになるまでやりよるのです。もともと臆病な小心者ですから、落ち込んで反省しておるのです。まったく困った人間です。だけど愛嬌があるからつい目をかけてやっているのです。
人間という動物は大なり小なりこういったところがあるのです。時には自分ほど偉いものはいないと思っていると、落ち込んで、情けない失態を見せる。
この人間などはその典型です。しかし考えてみれば彼らの神であるわたしも偉そうなことは言えません。今までにどれだけ失敗してきたか、その度に反省の連続でした。
ただ、自分で言うのも何ですが、反省するところが救いです。この地球上で悲劇を生んできた人間は反省という言葉を知らないのが特徴のようです。
このわたしもそうなんですから、ましてや人間が完璧であるはずがない、失敗を良しとは言わないが、どうしても失敗は避けられない。その後の心の処理が大事なのです。
それは反省することです。反省しない人間が一番性質が悪い。
しかし、人間の世界を見てみると、そういった連中が偉くなっておる。だから悲劇が絶えないのです。こういった連中も懲りない人間です。
もうとにかく、人間というのは懲りない連中ばかりです。他の動物に比べて知性は優れているのですが、この懲りない点では一番分かっていない、学習能力のない動物のようです。
この賭博の街にいる人間も日々同じことを繰り返しては、ヒーヒー言っておるのです。