第二十九章 親子喧嘩

テンシはヨーロッパの人間たちに対して憎悪の気持ちをエルミナ城のことで持ちました。もともと激しい性格で正義感の強い性格だけに、彼らに即、最も厳しい処罰を与えるべきだと主張しました。
わたしは、彼らにも言い分があるから、もう少し様子を見ようと言ったのが、テンシの我慢の糸を切ってしまったようです。
テンシはわたしに言っても無駄だと判断してイクサに相談したのです。イクサも性格的にテンシとよく似ているのですぐに意見が一致したようです。
彼らの考えだした処罰はヨーロッパ地域の大西洋側を北海まで北上している暖流の流れを変えることで、西ヨーロッパをシベリアのように凍土化してしまうことでした。
テンシにとって、そんなことはいとも簡単なことなのです。
今までもテンシの月はいろいろな形で地球の生命体に影響を与えてきたことは、わたしも承知していました。
月が地球をまわる角度を少しずらすだけで、地球上の海の流れを大きく変えることが出来るのです。
だから、月がその気になれば、あっという間に西ヨーロッパやブリテン島は暖流が行かなくなり、緯度の高さから考えてもシベリア凍土が西へ伸びてきて、人間の住める場所でなくなるのです。
我々宇宙の「想い」からしたら、そんなことはいとも簡単なことなのです。
わたしは反対しました。
しかしテンシは言うことを聞きません。よほど頭にきたのでしょう。
わたしも地球のことは自分の問題だと言って断固しりぞけました。それでもテンシは強引に回転方向を変えました。しかも腹立ちまぎれに思い切り、回転方向を変えてしまったのです。
あっという間に大西洋の北半球に暖流が流れなくなり、西ヨーロッパとアメリカの東海岸が凍土と氷原になってしまいました。
わたしの予想では、この状態が1ヶ月続いたら、地球全体の生態が完全に変って、生命体が絶滅する事態になると思いました。
わたしはテンシに断固止めるように命令し、もし言うことを聞かなければ地球の動きも変えて、月が地球の衛星からクウの肉体である金星の衛星になってしまうようにすると我が子ながら脅しをかけたのです。そして実際に月が地球と金星の間に入ったとき、さっと月から離れたのです。そうすると金星の引力の方が月に強く影響しだし、どんどん地球から離れていったのです。それによって大西洋の海流の流れもかなり元に戻ることが出来たのです。しかし完全に戻るためには月の協力がいるのです。これはかなり危険な賭けの勝負になってきました。親子でこんな喧嘩をするのは不本意でしたが、今回はわたしが折れるわけにはいかなかったのです。
これには、強気のテンシもまいったようで、白旗をあげてきました。
そして元の軌道に戻りました。その間1週間は大きな気候変化を起こしましたが、何とか危機は切り抜けられました。
このことを、人間に反省させようと、わたしと交流出来る3%の人間たちに発信しましたが、その3%の中にはヨーロッパの人間はひとりもいなかったのです。
そこで彼らに伝えるメッセンジャーを2人遣わすことにしました。
そのメッセンジャーは当時ペルシャからアフガニスタン、インドそしてオスマントルコまで影響を及ぼす人間でヨーロッパ、特にイギリスがスペインを打ち破っていわゆる大英帝国の礎を築きはじめた頃に徹底的に彼らに抵抗するよう呼びかけた英雄でした。
もう一人は中国のそれまでの王朝を滅ぼした新しい王朝の三代皇帝で順治帝と呼ばれていました。
彼らはわたしの指示に忠実に従って、ヨーロッパの当時新興めざましいイギリスの立役者となった女王とその女王を支えた海賊の将軍には、イスラムの英雄が、そしてフランスの新しい王朝を築いた国王には順治帝がわたしのメッセージを伝えに行こうとしてくれたのですが、またもや人間同士のあさましい裏切り行為に遭い暗殺されてしまうのです。
順治帝は5才という歳で幼くして皇帝に就き、しばらくは叔父の補佐の下、治政に励み15才の時に叔父が死んだのをきっかけに積極的に王朝の繁栄のため尽力しました。わたしは彼の純粋な気持ちに打たれて、ずっと目にかけていたのです。
しかし、23才の若さで亡くなって、わたしもショックを受けたのです。
期待する人間がどんどんと早く死んでいくのです。
どうも人間という動物は、人間のために貢献した英雄は、何もしないで彼ら英雄のおかげで助けられた多くの凡人たちの裏切りで抹殺されるのが、お決まりのコースであるようです。
前にも申しあげましたが、凡人という人間はすぐに徒党を組んで自分たちの恩人に死を以って報いるという残虐な集団になる性癖があるようで、考えようによっては人間の一番の問題点はこの凡人たちの集団意識にあるように思えてきたのです。