第二十八章 宇宙観と宗教観

ヨーロッパの国々を見てまわってみて感じたことを述べてみたいと思います。
産業革命がヨーロッパで興って経済力で世界をリードしていたことが顕著に現れていました。
ではなぜ、このヨーロッパの地で産業革命が起きたのかといいますと、宗教の問題と深く関わっているのです。
もともとローマ帝国が国教としていた宗教が東ローマ帝国の首都であったビザンチンで15世紀にオスマントルコ帝国に滅ぼされるまで一色だったのが、オスマントルコの国教が別の宗教で、しかも異教徒に対しても寛大であったことから、ドイツで新興宗教の宗教革命が起こった。
この宗教がローマ帝国・東ローマ帝国と続いてきたように、本来ローマ帝国が滅ぼした国の人間が興した宗教が、いつの間にかローマ帝国の国教になったのもおかしな話しであることは前にも述べましたが、宗教の流れを組んだ新興宗教だったことがヨーロッパの国々に混乱を起こしたのです。
いわゆる同根宗教の新旧内部分裂です。この内部分裂が一番、性質が悪い。
身内の骨肉の争いと同じで、そうなると若い方が、勢いがある。新興宗教の方を選んだドイツを筆頭にイギリスも新興の方についた。そこで新旧の国家競争が始まり経済力が雌雄を決する一番の要素である、と判断したイギリスを中心にした技術革新が起こって、ヨーロッパで産業革命が起きたのです。
その前に異教徒撲滅の宗教戦争を500年間も続けてきたこともあって、ヨーロッパのあっちこっちで宗教戦争が起こり、経済力を強化するために帝国主義植民地政策が生まれたのです。
そして15世紀末のアメリカ大陸発見を皮切りに、16世紀のヨーロッパには現代ヨーロッパ諸国のモデルがたちまちの内に出来たのです。
競争主義がお互いを発展させる原理が働いてお互い切磋琢磨して産業革命の中、他の地域よりも早く発展して、海外への覇権行動へと移っていったのです。
もう、その時点で宗教の問題ではなく、経済の問題が最重視されだしたのです。
そうすると、もともとシナイの地で生まれた信仰は本来の小乗の宇宙観であったのに、それがローマ帝国の下で大乗の宗教観に変節し、小国分立の大航海時代に経済観へと、その姿を巧妙に変えていったのです。
信仰心の対象は宇宙であり自然であるのに、宗教心になると対象は教義という集団営利マニュアルによる集金マシーンになり、経済観になると対象は国家間の弱肉強食自然淘汰説になる。
どうやら、彼らの非道の動機が見えてきたようです。
人間社会で最大の商業主義は宗教にあり。これが結論のようであります。商業主義の原点は数の理論です。数が力になる。だから宗教は信者の数を極大化しようとする。
しかも、純粋商業主義では質とコストの競争原理に基づく公正原理が働くのに、宗教商業主義では教義が絶対だから競争原理が働かず、堂々と不公正原理が働く。
これがヨーロッパの極悪非道を自ら正統化したトリックであったのです。
彼らの行為の動機の原点は、宇宙観を捨てた宗教観の拡大解釈による極大化であり、それが結果的には正統化された経済行為になると信じていたようです。
それでないと、こんな極悪非道を平気でやれるはずがない、とわたしは確信したのです。
ほとんどの人間は、自分が進んで悪い行為をやっていると思ってはいないのです。
いくら他人から見たらひどいことでも、本人にはそれなりの根拠があるのです。
しかし、その根拠が自分だけに通じるもので、他人に通じるものでなければ独善か独悪の道徳観であるのです。
ヨーロッパの国々の行為は、まさしく独善もしくは独悪の道徳観であり、その背景には商業主義が隠れた宗教観がひそんでいたのです。
そこには神の概念などはこれぽっちもないのに、宗教観だけはある。
多くの人間は、無意識の宗教観を持って自己満足し、違った宗教観を持った人間を殺しても神は許してくれると信じ込んでいる。
最初に教えを説いた人間は全人間個人個人に通じる宇宙観を説いたのに、知らぬ間に特定の人間だけに都合のいい道徳を下にした宗教観の集まりにしてしまい、それが更に大きくなると国家レベル、帝国レベルの経済観に変貌してしまう。
まことに、神であるわたしが言うのだから間違いありませんが、宗教というのは恐ろしいものだと思うのです。
テンシが言いました。
100年前に共産主義思想というのが生まれて約80年間続いたが、この思想家たちは、宗教は麻薬だと言ったそうですが、彼ら自体が共産主義思想という教義を持った宗教者たちではないか、と。
同じことが当時から現代に至るまで宗教という名の下の組織に言えるのではないでしょうか。
そう言えば、いかなる宗教組織の人間にも共通したことですが、みんな同じ言葉を吐いて、同じ行動パターンを持つロボット化された人間機械のように見えてきます。
かつての恐竜時代の末期に彼らが示した現象もそうでした。
多様化した発想が出来なくなってしまうのです。恐竜は最後に共食いによって絶滅しましたが、人間もいよいよ共食いの最終段階に入った症状だと思います。
はやく、宇宙・自然の循環システムの中に戻さなければならないのですが、人間はますます、そこから乖離し、宇宙・自然を冒涜した科学を万能視した科学宗教を展開していっている。どこまで彼らは続けるのか、もう少し眺めてみたいと思っています。