第十八章 宇宙の法則

宇宙について最初に説明しました。
曽祖父のイシキが宇宙。
祖父のギンガが星雲。
父のヒカリが太陽。
そしてわたしであるカミが地球。
わたしの子供のテンシが月。
これがわたしたちイシキ一族の系図です。
同じように名前も実体も知りませんが他の意識宇宙も無数にあるらしい。
それら無数といいますか、無限を束ねているのが一つあります。
一つという意味は誠に深い意味を持っていまして、別の言い方をすれば「すべて」であり「絶対」と言ってもいいでしょう。
絶対ということは数量で表すことが出来ないものですから物質的考えからしたら何もない、つまり「無」と言ってもいいでしょう。
また容量的、すなわち「かさ」的表現となるとどこにもいるから「全体」「遍在」であり逆説的に言えばどこにもいないから「空」とも言える。
堂々めぐりの考えに決着を着けられるのは、この表現しかないのです。
ここの向こうにあそこがある。そしたらあそこの向こうに何がある。最後は一体どこにある。それは「絶対」であり、「すべて」であり、「無」であり、「空」であるのです。
三大宗教のひとつを開いたインドの人間はこのことを理解していたように思います。
これは脅威的な知性・感性だと認めざるを得ません。
何故こんなことを説明するのかと言いますと、この絶対なる宇宙を支配しているのが法則なのです。
そして最初の法則はもちろん一個の法則があるのです。
その唯一無二の法則はすべてのものが「一定量」であるということです。
つまり、増えることも減ることもない。だから無限であり遍在と言えるのです。
これが「絶対」宇宙の法則であることを頭にいれておいて下さい。
そしてその「絶対」宇宙から分化して生まれた一つがわたしたち「イシキ」一族なのです。
わたしたちイシキ一族では三つの法則が生まれました。
「ポジティブな概念」「ネガティブな概念」「ニュートラルな概念」すなわち三元論の誕生です。
しかし誤解してはいけませんよ。元々は「絶対」という一元論ですからね。
それが分化しただけですから。
絶対的存在から無数の宇宙に分化したときに「一定量」という唯一無二の法則が分化して三つの法則になっただけのことです。
今流に言えば多様化したということです。こう言えば分かってもらえますね。
仲々うまい表現を使えるようになったと思いませんか。人間とのつき合いも慣れてきて、どう言ったら人間に理解させられるか分かってきたからです。
すみません、ちょっと脱線しまして。
多様化するごとに法則が増えていくのです。
最近の人間の世界の価値観も多様化してきたとよく言われますが、そうなるといろいろな決まり・ルールも多様化してくる。つまりルールが増えるということです。(この多様化という言葉は非常に便利ですね。これからも再三利用させてもらいます)
すみません、また脱線しまして。
ということで、ええと、何の話しをしていましたかね。
ああ、そうそう法則の数の話しでした。
わたしの肉体である地球では48個の法則が基本としてあります。
もちろん、最初は「一定量」という法則が分化して「ポジティブな概念」「ネガティブな概念」「ニュートラルな概念」という三つの法則に分化して銀河星雲、太陽、太陽系惑星群、地球、月と分化していってわたしの地球は48個の基本法則があるのです。
これをひとつひとつ説明するのはあまりにも時間がかかるし、余計混乱すると思いますので省略しますが48個の法則があって、人間のみならず地球上のすべてのものはこの法則を守らなければなりませんし、結局守らされているのです。ここが大事なところですよ。何だかんだ言っても、結局みんな守らされているのです。為すのではなく、起こっているのです。これも48個の法則の一つですが。
そう言えば、この日本の国技として相撲というスポーツがありますが、この相撲という闘技の基本技の型というのも48個あって48手といわれています。これも48個の法則から来ているのです。さすが地球のへそだけあってむかしから48個の法則の存在を伝統というか、伝説という口伝えで今日まで継承されて来たのでしょう。
歴史の一番正確な真実を伝えているのは口伝えによる伝説であることは間違いありません。このわたしが言っているのだからこれほど確かなことはありません。
歴史書、特に国家が認める歴史書はほとんど真実からかけ離れたものだと言わざるを得ません。これは地球を司る神として言わせてもらえば大きな罪だと言えます。この点もおいおいけじめをつけさせるつもりです。
またまた、話しが脱線してしまって申し訳ありません。だけどこのことは大変大事なことですのであえて脱線しました。
特にこの中で重要な法則を紹介しておきます。
地球上の物質はすべて地球という機械の部品であること。決して独立した動きは出来ない。無機物質も有機物質も有機生命体も当然人間もすべてです。
これは多くのことを示唆しています。
たとえば、ある人間が法則を破って勝手なことをしたとしましょう。それを同じ人間が裁くことは出来ないということです。地球という機械を操作している操縦者つまりわたしが裁くということです。分かりますか。
人間が機械のある歯車の歯一枚だとしましょう。そのある歯が勝手にどこかに行ってしまって歯が一枚抜けたとしましょう。歯車はすこしガタガタしだします。
当然他の歯にも負担がかかりますが、だからと言って他の歯が、どこか行ってしまった歯をどうこう出来ません。出来るのは機械を操縦しているわたしがどこかへ行ってしまった歯を見つけだして、元の場所につけ直すか、見つけても使いものにならなかったらその歯を捨てて、他の歯にいれ換えるか、見つからずに他の歯にいれ換えるかを決めることが出来るのです。
たしかに元の正常な歯車の動きに戻るまで他の歯たちは迷惑を被りますが、何も出来ず、ただただ操縦者のわたしが気づくまで我慢強く待つしか方法はないのです。
それを他の歯がまた勝手な動きをしたらますます歯車はガタガタし、挙げ句の果てに機械そのものまで本来の仕事が出来なくなってしまうことになる。
わたしが気づいて早く処置をすればいいのですが、テンシやクウと違って生来愚鈍な性格だけに時間がかかる。どうか時期が来れば必ずわたしが裁きますから、人間同士で裁くことだけはしないで欲しいのです。
48個の法則の重要なものを紹介しましたが、これからおいおい他の法則も紹介していきたいと思っています。