第十七章 痛快な独裁者

当時の地球の人間社会で、自己の個体性を認識している3%の種類に属している独裁者を探し出すことは、それほど困難なことではありませんでした。
何故、父のヒカリがこの時期にこの地球のへそにあたる日本にわたしを送り込んだのかがよく分かったのです。
父のヒカリはすべてを見透していたのです。
当時の人間世界で文明の進んだ地域はユーラシア大陸だけで、他のアメリカ大陸、アフリカ大陸、そして南半球のオーストラリア大陸はすべて未開の地でした。
そのユーラシア大陸で西はローマ帝国の後オスマントルコ帝国が一応大国の体を成していましたが、すでに勢いは落ちていました。その隙間を狙って神であるわたしの子と称した人間が開祖となってから約1千5百年の間に、このヨーロッパ地域のあらゆる民族の国教となった宗教を御旗に、分立小国家が異教国家に対しては徒党を組んで侵略行為をはじめたのです。
オスマントルコ帝国の国教は三大宗教のもう一つの宗教を国教としていましたから、ヨーロッパ諸国からしたら異教徒なのですが、まだ強大な帝国でしたので、あえて戦いを挑もうとはせず、それから4百年後に滅ぼすまでじっくりと長期戦略を採り、その間にかつて栄えた古代文明の国々やアフリカの未開地、アジアの未開地をどんどん侵略し、我がものにして力を蓄えていったのです。
それらヨーロッパ諸国の支配者たちは全部97%に属する人種で、まったくがっかりしましたが、考えてみればこのような非人道的行為をする国の支配者に3%に属する人種を期待する方が間違いでした。
一方、オスマントルコ帝国や中国の王朝、そしてアフリカの中で古代から王朝を維持してきたエチオピア王国には、立派な支配者がいたのです。
やはり長い伝統の中でしかそういった君主は出現しないのでしょうか。もちろん長い歴史の中でとんでもない暴君も出たことも事実ですが、立派な君主も現れる、それが伝統の特徴だということは、わたしにもいい勉強になりました。
ヨーロッパ、そしてその後アメリカと続く、いわゆる欧米諸国にはローマ帝国の崩壊と共に伝統まで消滅してしまったのでしょう。
それから、この日本という国です。
この国は他のすべての国とはまったく色合いの違ったユニークな面をたくさん持ったところがあります。やはり地球のへそだけのことはあります。
実質の支配者と国の当主とが別で共存している、まったく変わった国です。
そして支配者は替わるが、当主はいかなる支配者になっても存続しておる。
人間社会のみならず他の動物社会でもこんな社会はあり得ない。
その日本で当時支配者として君臨していたサムライがいました。
このサムライはそれまでの人間社会の常識をことごとく打ち破り、ものを見る観点がわたしたち宇宙の「想い」の世界のものと同じなのです。
だから彼の考えてやることは、人間には理解できなくても結果は彼の思い通りになるのが宇宙の法則に則しているのですからあたりまえなのです。
ところが一般97%の部類の人間には奇異に見えるのです。そして恐れおののく、つまり畏怖心が湧いてくるのです。そこがわたしにとっては痛快そのもので久しぶりにスカッとした気分になったのです。
「どうだ、いくら人間が知恵を絞っても所詮こんな程度だ。それをこのサムライがわたしの替わりに教えている」と思って楽しくて、嬉しくて、しばらくの間ずっとこのサムライの傍で一緒に住んでいました。
このサムライも、もちろんわたしの「想い」も気がつかないし、存在も見えていないのですが、何かを感じている様子でした。
わたしは何とかして、このサムライと話しをしたいと思っていろいろ試してみると、ある時、彼が一人で舞を舞っているとき、ある音の振動を彼に送りましたところ、彼はわたしの存在に気づいてくれたのです。
そして舞いながら詩を吟ずるのです。それがわたしに話しかけているのです。
「あなたは、愚かで貪欲な人間を懲らしめるためにこの地球にやってきたのでしょう。
あなたの住む世界では、法則がすべてで、その法則を守ることが、この地球上では公正さを維持するということである、ということを人間に教えに来たのでしょう。それなのに教える立場の人間がまったく公正さを守っておらず、教えられる弱い者から搾取しておる。わたしもこのことに腹をすえかねておるのです」と言うではないですか。
本当に驚くとともに、人間を見直しました。
わたしは、その通りだと発信すると、彼は分かっているらしく
「わたしが、あなたになり替わって、そういう低劣な人間を懲らしめてやりましょう」
と答えるのです。もうわたしは嬉しくなって、このことを父のヒカリと子供のテンシに報告すると、彼らも納得して「人間もまんざら捨てたものではないですね」とテンシも父のヒカリとわたしに言ってくれました。
「あのテンシがこんな言葉を言うなんて驚きだなあ」とふたりでビックリしたものです。
人間のことを化け物だ、怪物だと言ってきましたが、やはりどんなものでもいいところもある。これもまた宇宙の法則なのです。