第九章  マスマーチャンダイズ誕生

カリフォルニアの中堅農家と契約を結んだボブは、彼らの生産した大豆とコーンを捌く為に、少なくとも一万戸の家庭に直接搬送しなければならなかった。
それを3台のトラックで運ぶのは到底不可能だ。
「ボブ、一体どうするんだ?農家と引き取り契約した分の10%しか家庭に運べないぜ。残りは倉庫入りだ」
トミーは心配で夜も眠れないようだった。
「トミー、僕は今からシカゴに行こうと思う」
ボブに考えがありそうだった。
「シカゴに?まさか穀物取引所でダンピングでもするのじゃないだろうな」
心配そうに聞くトミーに、ボブは笑いながら言った。
「大店舗をシカゴに造るんだ」
「何だって?」
トミーはボブの考えていることが全く理解できない。
「今までの小売店の何百倍も大きい小売店をシカゴの住宅地に造るんだ」
ボブは目を輝かせて言った。
「そんな店を造る資金はどうするんだ?」
豆鉄砲を食らったような表情でトミーは訊いた。
「エバがすべての財産を僕に残してくれたんだ。それを資金にするつもりだ。エバの遺書に、『ロバート・ベネディクトが事業に使うことを条件で相続権をすべて託す』と書いていてくれたんだ」
トミーはそのことを聞いて、俄然やる気を起こしたようだ。
「これは、初耳だ。そのことはジョンは知っているのかい?」
トミーが心配そうに訊いた。
「いや。ジョンは入隊する時に、母親は死亡したと書いていたから相続権を放棄したと同じことなんだ。弁護士がジョンのところに行って確かめたら、ジョンも認めたらしい。だから相続する権利は僕しかいなかったんだ」
トミーは言った。
「ボブ、お前は本当にエバのお陰で金儲け出来るようになっているらしい。エバに感謝しなければな」
「そうだよ。戦争のとき最初に大豆で儲けたのも、エバに5千ドル借りたお陰だ。5千ドル返しに行ったら、エバは感心して褒美に5千ドルくれたよ」
トミーは更に訊ねた。
「今度はいくら貰ったんだ?」
ボブは平然と言った。
「百五十万ドルだ」
信じられない顔つきでトミーは叫んだ。
「百五十万ドルだって?本当に?」
ボブは更に続けた。
「シカゴの住宅地に20エーカーの土地を10万ドルで既に買ったよ」
またまたトミーは驚かされた。
「20エーカーの土地を住宅地にかい?」
ボブは自慢気に喋り続けた。
「そこに、今まで見たことも無いような大きな小売店を造るんだ。
マスマーチャンダイズと呼ぶことにしたよ。あらゆる種類の商品を大量に小売する店だという意味さ」
車社会になってきたアメリカは、それまで市街地にあった住宅地が郊外に移行しつつあった。
そして第一次世界大戦で、それまでヨーロッパに抑えられていた経済を一気に伸ばしたアメリカは世界の富を独占し、その勢いで車社会を実現した結果、大きな土地の住宅に住みたい市民が土地の安い郊外に移りだしたのだ。
ボブはそこに目をつけた。
物流の中心地で、穀物メジャーの拠点であるシカゴに殴り込みをかけようと言うのだ。
「シカゴでマスマーチャンダイズが成功すれば、カリフォルニアは成功したも同然さ」
世界で初めてスーパーマーケットがボブによって生みだされようとしていた。
今までの大型小売店の代表はデパートだった。
ロンドンでハロッズが最初にデパートを始めた。
アメリカではブルーミングデールやメーシーが老舗として既に市街地の中心に立派な店を構えていた。
デパートはDepartment Storeという名の通り、いろいろな品をDepartment毎に取り揃えている店ということだ。
品数で勝負する代わりに、値段は高いし、値引きもない。
商取引もそれぞれの専門店やメーカーの出店として場所を使わせてやろうという、いわば殿様商売である。だから店にある商品はすべて専門店やメーカーからの委託品でデパートの在庫ではない。
従来の商慣習では、委託販売ならマージンはせいぜい10%から15%までだが、デパートは30%以上取った。
それでも専門店やメーカーが我慢したのは、立地条件のよい、人の集まる所に立派な店を構えて、販売量が桁違いに大きかったからだ。
そこへマスマーチャンダイズを唄い文句にボブがスーパーを出してきた。
ボブのスーパーはデパートの逆手を取った商取引を行なった。
大量の商品をサプライヤーから買取るのだ。その代わり購入価格を思いきり安くさせる。
そうすればサプライヤーも納得する。デパートのように委託販売だと販売予想がまったく出来ないから生産計画も立てられない、必然、生産コストが高くなるから売価も高くなる。しかもデパートが不当な利益を取るから、売価が高くてもサプライヤーは利益が出ない。利益が出るのはデパートだけという、まさに殿様商売だ。
一方、スーパーは委託ではなく、安くても買取ってくれるから、安心して生産出来る。従ってますますコストは下がる。
これでは勝負は決まったも同然である。
デパートの切り札は暖簾だ。
ハロッズ、ブルーミングデールといった包装紙が消費者の自尊心をそそる。
しかし、イギリスとアメリカは違っていた。
アメリカ人は、その国の生い立ちからして徹底した合理主義だ。
イギリス人のような自尊心などまったくない。あるのは愛国心だ。
同じアングロサクソンでも、イギリスのエスタブリッシュメントとアメリカのエスタブリッシュメントでは全く違う。
イギリス人にとってアメリカのエスタブリッシュメント達は同じアングロサクソンでも成金だと思っている。
ボブのスーパーの商売はイギリスなら成功しなかっただろう。
ボブがシカゴに出したスーパーの名前はスーマートという。
スーパーマーケットを縮めただけだ。
価格はデパートの半値以下だから、アメリカの消費者はデパートからスーマートに一気に鞍替した。
ボブは、アメリカのデパート商売を崩壊させたのだ。
アメリカでは殿様商売は永く続けることは出来ない。それがアメリカ経済の強みでもあった。