第八章  穀物メジャーとの対決

ボブはトミーの穀物の搬送を請け負うことになった。
小麦、大豆、コーンはむかしはカンサスやケンタッキーで作られていたが、カリフォルニアへの人口移動が爆発的に起こるにつれて、これら農作物の生産もカリフォルニアが中心になっていった。
しかし、穀物取引は依然としてシカゴ穀物取引所が支配していた。
全米で物流の最大の中心都市がシカゴだ。
いくらカリフォルニアで生産されたものでも、取引はシカゴでされるのだ。
トミーはカリフォルニアの農家から仕入れる商売をしていたが、それを全米に捌くのは、シカゴで取引を仕切る卸し売り業者だ。
トミーは、彼らにいいように利益を吸い上げられていることで、不満が爆発寸前だった。
「どうして、シカゴを通さないと商売ができないんだ?」
ボブが不思議に思って、トミーに質問すると、苦虫を噛んだ表情をして言った。
「彼ら、卸し売り業者は全米の小売店を傘下に置いているから、彼らを飛ばして、直接小売店に売れないんだ」
「それなら、家庭に直接販売すればいいじゃないか」
トミーは何も知らないボブに呆れていた。
「ボブ、全米にどれだけの家庭があると思うんだ。ひとつひとつ家庭訪問して販売できるわけがないだろう!」
ボブは反論した。
「別に全米をカバーしなくてもいいじゃないか。カリフォルニアだけでも直接販売したら?」
自分の固定観念が、ボブのような新しい発想の邪魔をしていることを、トミーは悟った。
「僕の会社が、直接、カリフォルニアの家庭に搬送することにしたらどうだい」
ボブは恐さ知らずだ。
「ボブ、たった三台のトラックで、この広大なカリフォルニアの家庭に運ぶことが出来るかい?」
トミーはこの商売のプロだ。
「出来る地域から始めればいいじゃないか」
ボブは素人だから固定観念がない。
「お前には負けたよ」
トミーは呆れながらもボブの頭の柔らかさと商売のセンスに賭けてみようと思った。
敵は巨大な穀物メジャーだ。どんな報復がやってくるか分からない。
しかしボブの顔を見ていると、自分まで恐いもの知らずになっていくことに、トミーは喜びさえ感じていた。
三台のトラックを24時間フル稼動させカリフォルニア中の家庭に大豆とコーンを直接搬送する為に、ボブはカリフォルニアの農家から直接購入出来るよう農家と交渉した。
しかし、農家は生産者であっても供給者ではない。
生産者と卸売り業者では、卸売り業者の方が断然力を持っている。
販売網を構築するのは販売経験も要るし、それに長い時間と、莫大な資金が要る。
生産者が販売網を作るのは不可能だ。
ルートセールス手法は、肉や穀物といった食料を家庭に配給する方法を模索する中で誕生した。
地理的に全米の中間地点でミシガン湖畔にあるシカゴが配給拠点として選ばれ、シカゴの穀物取引所ができ、生産者と卸し売り業者の間の取引が為されるようになったのである。
この方式は、後に石油、車の販売方式にも採用され、結局は一般家庭の生活必需品も卸し売り業者から小売り業者経由でしか手に入らないシステムになってしまった。
卸売り業者が生産者の上に立ったのだ。
卸売り業者は消費者との間に小売業者の販売網を構築するのに莫大な時間と資金を投じた。
結局は資金力がものを言ったのだ。
資本主義というのは、金持ちが太り、貧乏人は痩せ細るのが鉄則である。その鉄則を打ち破って貧乏人から金持ちのグループに這い上がるには、莫大なエネルギーが必要である。月並みな努力では到底無理である。
アメリカのような資本主義社会では、不可能なことをやり遂げなければ、貧乏人から抜け出すことは難しい。
法律を違反する覚悟で、違反ぎりぎりのことをやる度胸があるか、それとも天才的な事業センスを発揮するかしかない。
この国で金持ちと言われている東部エスタブリッシュメントの連中の殆どは、実は、法律違反か、違反ぎりぎりのことをやって這い上がってきたのだ。そして代が代わるにしたがって、もともと金持ちでいるような涼しい顔をしているが、悪辣ことをやってきた先駆者がいて、外観は立派に装っても、中身は搾取され続けてきた犠牲者の血で染まっていることを忘れているのだ。
特に石油業界における卸売り業者の悪どさは目を覆うばかりであった。
もともと石油の採掘はフィラデルフィアで始められた。
しかし、当時は車がまだ発明されていなかったから、エネルギー源は石炭が主であり、イギリスが石炭採掘で世界一を誇っていた。まさに産業革命による石炭の需要増大が大英帝国をつくったのだ。
ドイツがその英国に追いつこうと技術力の強化に力を入れ、メルセデスが自動車を発明した。しかし国土がアメリカほど広くないドイツでは自動車より鉄道の方が有利で、自動車の普及は爆発的なものではなかった。
その頃、ヘンリー・フォードがT型自動車を開発し、低コストの自動車を供給可能にしたことから、自動車普及が爆発的な勢いでおこり、それにつれて石油の需要が増大した。
フィラデルフィアで採掘されていた石油を精製していた業者が、いずれ世界的に需要が増大すると読んで、世界の国々の石油探索に資金を投入し、その権利を石油を埋蔵する国から、奪い取ってしまったのだ。
食料に関してもアメリカ国内の穀物生産者から、卸売りする権利を奪ったのが穀物メジャーだ。
ボブは、シカゴの穀物取引所経由で卸し売り業者から買うという従来のやり方ではなく、直接生産者から買う為に、カリフォルニアの農家を一軒一軒訪問し、農家が生産するものをすべて引き取るという約束をしていった。
農家も最初は卸売り業者からのしっぺ返しを恐れていたが、ボブの大胆不敵な約束に感激した。
トミーは言った。
「ボブ、お前は本当にエバの血を引いた天才的事業家だな」