第四十九章  平和なアメリカ・混沌の世界

1940年、ナチスドイツ軍はパリに侵攻した。
ロンドンにも、最新鋭飛行船ツェッペリンで空襲するナチスドイツのヨーロッパ侵攻は怒涛の勢いであった。
ユダヤ人のみならず、ほとんどの画家や音楽家といった芸術家は、スイスのジュネーブやチューリッヒに避難した。
ヨーロッパ全土が焦土と化す中、永世中立国スイスだけが、その姿を維持していた。
一方、1941年12月7日に日本軍によってハワイのホノルルにある軍事最前線基地である真珠湾に攻撃されるまで、ヨーロッパもアジアも戦いに明け暮れていたのに対し、アメリカ本土は、およそ殺し合いの戦争など微塵も感じられない程穏やかで、却って、大恐慌を切り抜ける切り札として、戦争が利用され、アメリカのみが平和で豊かな日々を送っていた。
結局、その後起きるソ連との冷戦の中でのベトナム戦争までアメリカ国民は、戦争の悲惨さを身に染みて知ることはなかった。
世界の悲劇を尻目に、アメリカは黄金の四十年代、五十年代を送っていたのである。
しばらく鳴りを潜めていることにしたボブとドクターも、カリフォルニアで穏やかな日々を送っていたが、ドクターから入ってくる、闇の支配勢力に操られたアメリカ政府の卑劣なやり口の情報を聞いていたボブは、ドクターと情報交換しながら時期を待った。
サリナスでは、ジョンの家族と、一緒の家にこそ住んではいなかったボブだが、毎日トミーも交えてのジョンたちとの夕食をする日課で、一時の平和な生活に満足していた。
ドクターとの間を行き来するベンジャミンも、その仲間に入っての食事は、更にボブの気分を和らげていた。
「ベンジャミン。ドクターは元気にしているかい?」
世界の状況をほとんど知らないアメリカ国民と違って、ボブはしっかり、世界の情勢を把握していたが、やはり対岸の火事であった。
「へい。カミュー様は、ずっとご機嫌がよくありません。何か思い詰めておられるようです」
ドクターの性格を知っているボブにはわかるような気がした。
「一度、ベーカーズフィールドに行ってみようか?」
ベンジャミンの反応を見ながらボブは呟いた。
「へい、合点で。カミュー様もそれを、お望みのようでがす。特にアメリカ国籍の日本人までゲットーに入れたり、日本との戦争の前線に敢えて、彼らを配置するように指示した、あのルージーの野郎は許せねえ。とおっしゃっていました」
その瞬間(とき)、ラジオで臨時ニュースが流された。
フランクリン・ルーズベルトが急死したという臨時ニュースだった。
1945年4月12日、十二年間というアメリカ大統領史上異例の長きに亘る在任期間の大統領にしては、あっけない死であった。
「ドクター、やったな!ニュースでは脳溢血と言っているが、実はドクターが何かしたに違いない。ベンジャミン、そうだとは思わないか?」
ベンジャミンは嬉しそうな顔をして、「その通りで、へい、合点で」と返事した。
ニュースでは、即時、副大統領のハリー・トルーマンが大統領に就任した。
これが、またもや悪魔の大統領だった。
二代続けての悪魔の大統領が1933年から1953年までの二十年間続くことになる。
そして、その四ヶ月後、グァム島を発ったアメリカ空軍B29爆撃機が,日本の広島と長崎に、とてつもない爆弾を投下し、広島・長崎は驚くべき惨状で、遂に日本も、史上例を見ない屈辱の無条件降伏をして、戦争は終結した。
「ドクター、スターリンはどう言ってるんだ?」
ボブは聞いてみた。
「正直言って、怯えているよ。悪魔が悪魔を怯えているのも、滑稽な話しだけど・・・」
シニカルな笑いをして、ドクターは暗い表情になった。
久しぶりにベーカーズフィールドのドクターに会いに来たボブは、突然老けこんだドクターの顔を見て嫌な予感がした。
「あの悪魔の野郎が、とんでもないことを、またやろうとしている。日本に原爆を投下したのも悪魔の所業だが、これからやろうとしている事は、もっとひどいものだ」
ドクターが言っていることが、ボブには想像を超えるもので、理解すら出来なかった。
ベンジャミンが、サリナスまで車で送ってくれた。
「カミュー様は、悪魔の野郎が、やろうとしていることは、イエスを十字架に架けたヘブライ人に優るとも劣らない悪行だと言っておられました。聖書を真っ向から否定するようなことですからね」
1948年国際連合で、イスラエルという新しい国家が認められ、誕生した。
白人のユダヤ人によるイスラエル国家誕生という,世にも奇妙な出来事であった。
黙示録に示されている悪魔の数字666の意味が明らかにされて、その後の世界を混沌としたものにしていく序曲であった。