第四十三章  本拠地サリナスへ

サリナスに戻った一行は、ジョンの家に直行した。
「ジョンも催眠術をかけられていると思う。ただトミーほどじゃないから、ドクターから貰った注射を打ってやれば、すぐに正気に戻ると思うが・・・」
ボブの話を聞いたキムは信じられない様子でボブに言った。
「何を言ってるの、ボブ。ジョンはもう死んでしまったのよ!」
キムは、ジョンが死んだと思ったまま攫われたから、ジョンが生きている話を聞いて驚愕した。
キムの表情を細かく観察していたボブは、ジョンに対する想いがまだ消えていないこと確信した。
「君を攫っていった連中は、僕とトミーがやっている事業のライバルで、手段を選ばない冷酷な奴らだ。そこで僕たちのことを調べて、平和に暮らしていた君たちの家庭を巻き込んで、僕たちを闇に葬ろうとしているんだ。君たち家族はとんだ巻き添えを食ったことになる。ジョンもカインもアベルもみんな催眠術で洗脳されてしまっている。これから彼らを正気に戻してやらなければならないんだ。その為には、キム、君の協力が必要なことは解るね?」
大体の話を飲み込めたキムは笑って言った。
「ジョンは遊園地の件でわたしたちを疑っていたの」
「それは、僕も知っている」ボブが答えた。
「結婚しても、その疑いを晴らすことが出来ずに悶々としていたところへ、わたしが又サンフランシスコに行ったでしょう。それで完全に切れてしまったのね。わたしが悪かったの」
今にも泣き出しそうになったキムに、ボブはジョンに話したことを言った。
「ジョンはどう言ってたの?」
「催眠術で洗脳されているのに、君の話をしたら正気に戻ったらしく、真剣に僕の話を聞いていた。僕たちは双子だろう。だからお互いの気持ちが読めるんだ。まさに以心伝心だ。ジョンはすぐに解ってくれたよ」
キムのジョンに対する気持ちを確かめたかったボブは敢えてジョンを庇うような話をした。
キムの表情はみるみるうちに明るくなっていった。
「本当に、ジョンは解ってくれたのね」
と言って泣き出しそうになったが、ボブはそこで現状の厳しさを説明した。
「ジョンはまだ催眠術に掛けられたままだ。ましてカインやアベルはもっとひどい状態だから、まだ油断は出来ないよ。だけどジョンは君に会えば正気に戻ることは間違いない。とにかく家に向かおう。ベンジャミン!言った通りに運転してくれ」
黙って聞いていたベンジャミンが大きな声で答えた。
「へい、合点で」
「トミー、どうだろう。サンフランシスコとサクラメントにある我々の事務所をサリナスに移そうと思っているんだが」
トミーは喜んで賛成した。
ジョンとキムの関係は、そのまま両親のジェイコブとエバの反芻だった。
ジェイコブの下を離れようとしたエバを喰い止めようとしたジェイコブにエバは銃を発砲した。
敬虔なクリスチャンだったジェイコブが不倫をして、無神論のエバが操を守る。
世の中のことは理屈では片付けられないことが多い。
理屈が理屈を否定するのだ。理屈というものを誰が考えだしたのか知らないが、人間の一生なんて一寸先も予測通りになったことはない。
しかし、それを逆手に取る方法もある。それほど人間は狡猾な生きものであるようだ。
一寸先も予測通りにならないのなら、取り越し苦労のご利益もある。
こうなって欲しくないと思うことを思い、不安になることが取り越し苦労だから、本来なって欲しくない。
なって欲しくないのなら、そうなったらどうしようと一生懸命取り越し苦労すればいい。それは実現しないのだから。
結局、一瞬のことしか人間は解らないのだ。
ジョンもジェイコブの影響で敬虔なクリスチャンになったが、それは取り越し苦労の結果だったのだ。そこに落とし穴があったことをジョンは気づかなかった。
ジェイコブとエバはその落とし穴にはまった。そして偽善であればあるほどますます二人の間に偽善が高じる。
ジェイコブの一生はそういう生き方だった。
ボブはジェイコブを看病しているうちに、ジェイコブの隠された面を垣間見ることが出来たのだ。
『ジョンとキムに同じことを繰り返させてはならない』
ボブはそう思ったから、ジョンが軍隊から帰って来た時、潔く身を引いて、サンフランシスコに去った。
またキムがサンフランシスコに来た際も、泊めずに追い返した。
男の業と女の業がぶつかると必ず本人たちのみならず、周りの者たちも巻き込んでしまうものだ。
結局、エバは自殺した。
『このままではキムも自殺しかねない。ジョンは絶対に自殺などしない』
とボブは思った。
キリスト教が自殺を禁止しているから、自殺できない、と主張する。それも偽善だ。人間というもの、いざ死と直面すると、今までのことを全て否定される。肉体が死んでも否定されたものが残っていると、業として残る。
いわば業というのは人生の残り滓のようなものである。
イエスが十字架に架けられた時に、実は「エロイ、エロイ、レマ、サバクタニ」と言うヘブライ語で神を呪った。
「神よ、なぜあなたはわたしをお見捨てになったのですか!」と死の間際に愚痴ったのだ。
それを、「神よ、この人たちを許したまえ。彼らは何をしているのか気づいていないのです」と偽善者の手で歪曲されたのだ。
エバ、ボブやキムは「エロイ・・・」と言ったイエスに共感する。
「神よ、彼らを許したまえ・・・」に共感するジェイコブやジョンの主張はイエスの復活である。
これは悪魔に変節したルシファーに言わせれば、業の繰り返しであった、地獄の輪廻転生なのだ。
聖書の最終章、「ヨハネの黙示録」はそのことを最後に示しているのだ。
『まずは、ジョンを催眠術から解かなければならない。それからだルシファーの出番は』
ボブは唇を噛みしめていた。