第四十二章  車中の話

トミーも考えてみれば、催眠術にかけられた犠牲者だ。
父ジェイコブの頃から、レタスの栽培を共同事業していて、ジェイコブを助けていたのもトミーだし、貨物列車が遅れた所為でレタスを腐らせてしまい、破産直前まで追い詰められていたジェイコブの窮状を、大豆の投機で救おうとしたボブに儲けさせてくれたのもトミーだった。
アルカトラス島で、逆催眠をマークにかけられた後、廃人のようになっていたトミーを庇ってボブはベンジャミンのタクシーの中で眠らせていた。
キムを救出したことで、取りあえず危機を脱したボブは、ドクターとベンジャミンに礼を言った。
「キムさんをサリナスに連れて帰ってあげないと、みんな心配しているだろう?」
ドクターはベンジャミンの顔を見ながら言った。
「へい、合点で」
合点の旦那が喋る言葉の半分は「へい、合点で」だ。
ボブと目を合わせたドクターは、キムの目をライトで覗き込んだ。
「睡眠剤を打たれているようだ。ヘロインでなくて良かった。今はこのままにしておいてあげた方がいい」
ドクターは医術も心得ている。
「合点の旦那!キムは汽車で連れて帰るから、サンフランシスコ駅まで頼むよ」
ボブの言葉に、ベンジャミンは反撥した。
「そりゃあ、ないですよ。あっしは、料金なんぞ頂くつもりは毛頭ありませんよ!この旦那も一緒でしょう。それならあっしが運転しますよ。任せてくだせえよ」
横からドクターも頷きながら、ボブに言った。
「そうした方がいいよ。合点の旦那は、これからわたしの専任運転手兼アドバイザーの高給取りだから、気遣いは無用だ」
横で聞いていたベンジャミンは万歳をして喜んだ。
「それじゃ、マークホプキンスで降ろしてくれるかね、合点の旦那!」
「へい、合点で」ベンジャミンの大きな声で、キムが目を醒ました。
「ここは、どこ?」
「これから、サリナスのジョンの処へ戻るから、ゆっくり眠っていたら?」
まだキムは意識が朦朧としていて、喋っている相手が誰かも気づかず、また眠ってしまった。
「さあ、サリナスに向かおう、ベンジャミン!」
「へい、合点で」ドクターを降ろした後、一行はサリナスに向かった。
「サリナスにそろそろ着きますよ」
ベンジャミンが助手席のボブに話しかけた時、ドクターに注射を打ってもらったトミーがやっと正気に戻った。
「何だ!ここは、どこなんだ?」
「君のお兄さんのジーンが市長室の窓から飛び降り自殺したんだ。憶えているかい?」
おぼろげながら記憶が戻って来たトミーは、ボブがどうして兄の名前を知っているのか不思議に思った。
「君の、お兄さんがサンフランシスコ市長だとは、驚いたよ。トミー、君は過去をすべて自白したから、もう隠すことなんか何もない。フランクに話しよう」
兄のジーンが飛び降り自殺したことは、トミーの記憶になかっただけに、俄かに信じられなかったようだ。
あの時の事情を説明してやったら、徐々に思い出してきたらしく、
『それじゃ、あの時大男たちに薬で気を失わされた後に、ジーンは飛び降り自殺をしたのか!』
頭をうなだれて泣きだしたトミーが、ゆっくりと喋り出した。
「ジーンは僕の兄だけど、母親は違うんだ。だから父親一家はミズーリー川を隔てたミズーリー州のカンサスシティーに住んで、僕と母親はカンサス州のカンサスシティーに住んでいた。結局ジーンの口聞きでコーチャン社に入ったが、待遇が全然違っていて、ジーンはサンフランシスコ市長にしてもらい、僕はサリナスでジェイコブと野菜の商売をやることになったことは知っての通りだ。
コーチャン社や他のメジャーは穀物を扱っていて、野菜に関心はなかった。それが幸いして、彼らとのコンタクトはほとんどなく平穏な生活をサリナスで送っていた。ジェイコブと一緒に野菜の商売をやっている時が一番幸せだったよ。鉄道で運ばれたレタスが腐っていた時は、ジェイコブと二人で本当に悩んだ。ジェイコブは穀物の商売には手を出さなかった。穀物は投機の商品として扱われていたから、値段が安定していない。毎日シカゴの穀物商品取引所で株と同じように売り買いされていた。敬虔なクリスチャンのジェイコブは、ただ新鮮な野菜を消費者に提供したかっただけだ。レタスの失敗で破産寸前まで追い込まれた時、ボブ、君が大豆の投機をしたいと申し入れして来た。正直言って20才の君のビジネスセンスに驚いた。エバから、君が大豆の投機をしたいからお金を貸して欲しいと言ってきたことの相談を受け、勝算はあるのかと聞かれたとき、君の商売センスはエバの血を引き継いでいるから、間違いなく儲かると返事した。だからエバは君に資金の提供をしたんだ。後は知っての通りだ。
ただ誤算だったのは君が穀物メジャーと戦う羽目になったことだった。そこでジーンを使って邪魔しようとした。あの土地買収の件だ。ところがスタッド・カミューが君に協力した。カミューは穀物も野菜も扱う大手卸し商だったが、穀物メジャーとは一線を画していた。
ソヴィエトに小麦を大量に送ったのも、彼の同朋に対する想いの強さだ。穀物メジャーの連中は、金儲け主義だからカミューのことを気に入らなかった。だからカミューは君に協力したんだ。カミューのパワーは穀物メジャーも石油メジャーも一目置かざるを得ない程強力だった。ソ連、中国という国の要人との深い仲だからね。やはり王道の道を選ぶ人間が、最後は強い。メジャーの連中は徒党を組んで、異邦人から搾取するから強力だけど、所詮は覇道の道だから、王道のカミューには敵わないよ。だんだん僕が君の側についていくので、ジーンは僕を見放そうとした。それがあの市長室での話だったんだ」
マークの逆催眠でも話さなかった内容を聞いてボブはトミーを信じた。
「トミー。これからも一緒にやろう」
ボブに言われたトミーは泣きだした。
話を聞いていたキムとベンジャミンも泣いていた。