第四十章  新しい仲間

カポネはシカゴのフランクに連絡を取るように看守に言った。
だがフランクは既に、サンフランシスコに向かっていて、連絡が取れない。
「多分、夕方にはサンフランシスコに着くはずだ」
大男たちに、フランクを迎えに行くよう指示したカポネはドクターに言った。
「ドクター。あんたは今どこにいるんだ?」
「ベーカーズフィールドの本社にいる。ここからシスコまで、車でおよそ二時間だ。多分アルカトラスから船に乗って、そのワーフに着く頃には、わたしもシスコに着いていると思う。ボブに替わってくれないか」
カポネは受話器をボブに手渡した。
「ボブ。人間を生贄にしたカシュルートの儀式は夜中に行われるはずだ。わたしは夕方の七時頃に、マークホプキンスに行くから、そこで会おう。そしてじっくり対策を練ろう!」
「アーミーを、こんなことで煩わせて申し訳ない」
ボブがドクターに謝ると、ドクターが言った。
「それは違うよ。奴らの最大の狙いはわたしだ。だから迷惑をかけたのはわたしの方だよ」
ボブは、次の船に乗ろうと思って、看守に船のスケジュールを訊くと、まだ一時間は停泊していると答えた。
「馬鹿やろう。今すぐにシスコに向かって出帆しろ!」
カポネが怒鳴ると、看守は震えあがって、跳んで出て行った。そして息を切らせて帰って来て、嬉しそうに言った。
「船の出帆の用意ができました!」
「出来るなら、最初から、じゃらじゃら言うな!ど阿呆!」
そう言いながら、ポケットからくしゃくしゃになった百ドル札の束を出して、何枚かを、その看守にやった。
「へい、ありがとうございやす」
「馬鹿やろう、おめえは素人だろうが。まともな口の利き方をしろい!」
「へい、申し訳ねえです」
カポネは呆れて笑っていた。
「それじゃ、ボブ。気つけろよ!」
船着場までカポネは心配して、ガウン姿のままで見送ってくれた。
フィッシャマンズワーフに着いたボブは待たせてあったタクシーを見つけた。
「おおい!合点の旦那!」
大きな声で呼ぶと、本当に嬉しそうにタクシーの運転手は走ってきた。
「旦那。お帰りなさい」
そういってタクシーのドアーを開けて、ボブを迎え入れた。
「どこに行きましょうか?」
「マークホプキンスだ。今何時かね?」
「へい、合点で。今六時半過ぎです。へい、合点で」
深刻な事態なのに、ボブは笑ってしまった。
七時前にホテルに着いて、ロビーに入っていくと、すでにドクターがいた。
「やあ!ボブ。とにかく挨拶は抜きにして対策を練ろう。部屋を取ってあるから」
ドクターがエレベーターに向かおうとすると、ボブが言った。
「もう一人仲間がいるんだけど、いいかい?」
怪訝な顔をしたドクターだったが、「ああ、いいよ。一体誰だい?」
と聞くと、ボブは表に待たせてあるタクシーの運転手を呼んだ。
「待ってました!」とばかりに、合点の運転手が跳んで入って来た。
ドクターが不思議そうな表情をすると、ボブは笑いながら、
「彼は、へい、合点。の旦那だよ」とドクターに紹介した。
呆れた顔をして、黙っていたドクターに運転手が言った。
「旦那も、へい、合点で。というのがお気に入りですか?」
エレベーターに乗った三人が大笑いしているの見ていたエレベーターの同乗者たちは、彼らが重大な問題を抱えているとは誰も思わなかった。
ドクター・カミューが取っておいてくれたマークホプキンスの特別室に三人は入った。
「こりゃあ、またすげえ部屋で!」
タクシーの「合点」運転手がたまげたほどの、豪華なスイートルームだった。
「合点の旦那!ところで、お前さん、何て名前だ?」
ドクターが尋ねた。
「へい、あっしはベンジャミン・ビルダバーグという名です」
「やはり!」
ドクターは頷いた。
「何が、やはり!なんだ?」
ボブが訊くと、ベンジャミンがドクターの替わりに説明した。
「あっしはユダヤ人なんです」
ユダヤ人の名前は独特のものが多い。だから名前を聞くだけでユダヤ人か、そうでないかがすぐに判る。
「お前さん、イディッシュ語を使うかい?」
ドクターは運転手がユダヤ人であることを見抜いて、テストをしてみた。
「へい、使います。あっしはアシュケナージですから」
ボブには、二人の言っていることがさっぱり理解できない。
「それじゃ、キエフじゃなくて、クラクフからの移民かい?」
運転手は、驚いた顔をして、「旦那は、どうしてそんなによくご存知なんで?」
ドクターに向かって尋ねた。
「僕の父はポーランドのクラクフ出身だ。小さい時はクラクフで育ったんだが、その後、クラクフでスラブ人による大規模なポグロム(大虐殺)があって、父も殺されたんだ。今でもヴィスワ川に死体で浮かんだ父の姿が忘れられない・・・」
ドクターが、こんな話をしたのは初めてだった。
「そうですかい。あっしもクラクフからの移民の子で、最初はシカゴに住みついたのですが、あっしだけはシスコで一旗あげようとやって来たんでさ」
「へい、合点で。という言葉が、ドイツ語の混ざったヘブライ語なんだが、スラブ語の訛りが入っていたんで、ポーランドからやって来たと思ったよ。
僕もクラクフからキエフに移ってロシア系ユダヤ人としてアメリカに来たが、ルーツはポーランドのクラクフだよ。同郷なんだな」
ドクターは余程嬉しかったのか、「ベンジャミン!君はこれから僕たちの仲間だ」
と言って抱き合った。
「何でも、あっしに指示をしてください。この方は同胞のユダヤ人ではないですが、とにかく気持ちのいい方で、今日は非常に気分のいい日でさ」
「それなら、ヤコブ・シナゴーグは知っているね?」
ボブが言うと、ベンジャミンは顔を赤らめて頭を掻いた。
「あっしはユダヤ人ですが、ユダヤ教を信じていないんです」
さすがのドクターも驚いた。
ユダヤという言葉は聖書ではキリストを裏切ったユダや、十二部族の一つであるユダ族程度しか出てこない。
ヘブライ人やイスラエル人は民族だが、ユダヤ人というのは、人種は違っても同じユダヤ教を共有するもののことを指す。
ベンジャミンはユダヤ人と言いながら、ユダヤ教を信じないと言う変わったユダヤ人だ。
「まあ、信じていても、そうでなくても、そんなことはどうでもいい。とにかくユダヤ教徒として、今晩十二時から始まるカシュルートの儀式に参加するんだ」
二人から指示を受けたベンジャミンは、「へい、合点で」と大きく言った後、「ところでカシュルートって何ですか?」
ドクターはお手上げのポーズをして笑った。