第三十九章  過ぎ越しの祭り

「ドクターに繋がりました!」
大男たちの中のリーダーが走って戻って来た。
部屋にある受話器を取り上げたカポネが、大きな声で叫んだ。
「ドクター。俺だ、カポネだ。聞こえるかい?」
電話の線を引っ張って、マークとトミーの近くに受話器を持っていったカポネは、「今、トミーの野郎がゲロ吐いてるんだ!聞こえるかい?」
受話器の向こうでドクターが聞こえると返事をした。
カポネはマークに合図して続けるように指示した。
トミーが再び話し始めた。
「かつてイギリスが世界を支配していた時代、十年に一度の割合でDepression(恐慌)が起きていました。最初のDepressionは今から百年前の1825年です。そして大英帝国は数回のDepressionで凋落しました。今再び、世界の大国になったアメリカを我が物にするために、The Great Depression(大恐慌)を彼らは起こしました。彼らのやり方は、まず大衆を堕落させることから始めます。堕落させるには、人間の本能欲を煽ることです。SEXが人間の本能欲の原点で、それを満たすには、経済力が必要です。大衆に財貨を与えると必ず彼らは堕落します。その為にいずれ取り上げる財貨を彼らに与えるのです。その手段が株の暴騰です。株式を上げるだけ、上げて、彼らに贅沢を憶えさせる。そして贅沢にどっぷり漬かったところで、株価を落とす。堕落しきってしまった大衆は為すすべもなくChaos(混沌)状態に陥る。しかし一旦堕落した心は二度と浄化しない。いわゆる廃人になる。国の指導者のレベルは大衆のレベル以上の者にはなり得ない。従って、大衆を堕落させれば、その国は必ず滅びる。そしてその国を自由に操ることが出来る。
もう一つは、新聞、芸能、スポーツに目を向けさせることによって、大衆の意識を政治から離し、政治に無関心な国民にする。
この二つの工作を続けることで、世界の国をひとつひとつ我が手中にしていくのが彼らの狙いである」
飴を与えながら、鞭で打つのが彼らのやり方である。
そうすれば、国民は必ず売国行為を無意識のうちにする。
人間の意識下にある原罪を引き出す悪魔の手法だ。
「俺なんか、かわいいもんだ!」
カポネも呆れて言うと、電話の向こうからドクターがボブを呼んだ。
受話器を持ったボブに、ドクターが話した途端に、ボブの顔色が変わった。
呆然としているボブに、カポネが話しかけたが、反応がない。
「ボブ。どうしたんだ!」
ドクターの話はキムのことだった。
サリナスの精神病院に無理やり収容された時から、突如キムの消息が途絶えていた。
「ボブ。キムが見つかったよ。そこにいるトミーが連れ出し、ヤコブ・シナゴーグの地下牢に入れられているらしい。ただ生死は確認できていない。ひょっとしたらカシュルートという儀式の生贄にされたかも知れない」
自分が忍び込んで、羊を生贄にした儀式を見ていたボブだけに、異様な雰囲気の中で人間を生贄にしてもおかしくないとボブは思った途端に顔から血の気が引いたのだ。
「ボブ。トミーに聞いてごらん。多分知っているはずだ」
ドクターに言われて、カポネに耳打ちした。
カポネはマークに合図を送った。
マークは頷いて、トミーに向かって質問した。
「キムを知っているね?」
キムと聞いて、トミーの額から冷や汗が出てきた。
それを眺めていたボブの額からも冷や汗が出た。
トミーは頷いた。
「今、キムはどこにいるのだ?」
マークが強い口調で言うと、トミーはピクッとする。
「キムはヤコブ・シナゴーグの地下牢の中にいる」
「何のためにヤコブ・シナゴーグに居るのか?」
「今度やる過ぎ越しの祭りの時に生贄にされるため」
過ぎ越しの祭りは、毎年春分の日の後、最初の満月の月曜日に行われる、キリスト教の復活祭の原点となる祭りだ。
モーゼの時代やイエスの時代の暦は、春分の日が年の初めとされていた。
現在でもイランやアフガニスタンでは3月21日が元日で、ペルシャ語(ファルシー)を使うイラン、アフガニスタンではノールーズと言われている。
ようするに正月のことである。
「過ぎ越しの祭りって何日だい?」
カポネが叫ぶようにみんなに訊いても誰も知らない。
電話の向こうからドクターが、「今年の過ぎ越しの祭りは4月11日だ!」と叫んだ。
カポネは、「今日は何日だ?」と怒鳴った。
「へい、今日が4月11日です」
大男の一人が答えると、「馬鹿やろう!何とかしろ!」
無茶なことを平気で言うのがカポネの真骨頂だ。
冷静に戻ったボブが、「だが今日、既にヤコブ・シナゴーグで羊を生贄にした儀式があったけど・・・」
ボブの話を聞いた、ドクターは受話器の向こうから叫んだ。
「その日の夜に、人間が生贄にされるんだ!」
再びボブは呆然とした。