第三十七章  国家権力の実体

アルカトラス島に一日に二回も訪問することになったボブは、島に着くと、刑務所のゲートの前で監視員と顔を合わせて笑った。
監視員も無言だが、親しみの微笑を浮かべて歓迎してくれているようだった。
「あんたは偉く顔になっているんだね?」
リーダー格の男がボブに話しかけたが、ボブはただ笑っているだけだった。
彼等はボブとボスのカポネとの関係を良く知らないらしいから、言葉遣いも気にしていなかった。
再び、ホテルより豪華なカポネの収容室に入ると、部屋の隅に震えているトミーがいた。
「やあ、ボブ。お前もここの住人になってしまったのかい。お前は、俺なんかと違って、まともな世界で立派な人間として成功間違いなしの人間だ。あまりこんなところに来るなと言ったのに、一日に二回も来るなんて馬鹿な奴だなあ!」
そう言いながらも、嬉しくて仕方ないらしく、ボブを抱きしめた。
カポネの様子を直立不動で見ていた大男たちがびっくりして、全員床に土下座して、「失礼な口の利き方をして申し訳ありませんでした」と言って謝った。
「何だ、てめえたち!俺の親友の彼に汚い言葉を使ったのか!この馬鹿やろう!」
机の上に置いてあったバットでカポネはリーダー格の大男の頭を思いきり殴った。
「グシャ!」という音がして、その男は鼻から血を噴出して、そのまま床に倒れてしまった。
びっくりしたボブは、カポネの腕を掴んで、「アル、もういいじゃないか!」
と言うと、カポネがボブの耳元に口を近づけて、そっと言った。
「これは芝居だ。こいつらは、こんなことで死ぬような柔じゃない。あいつをちょっとびびらせてやろうと思ったのさ」
ニコッと笑った後、表情を変えて、「てめえたちも死にてえのか!」と怒鳴った。
「申し訳ごぜえません!」と他の大男たちが床にひれ伏した。
それを見ていたトミーの足下から、水がしたたり落ちた。
「この野郎、ちびったようだぜ!」
バットを持ったままのカポネがトミーに近づくと、全身が震えだし、足下の床はびしょ濡れになった。
カポネがバットを振り上げると、「ヒー!」と叫び声をあげて失神してしまった。
カポネが大男たちに合図をすると、彼等はすぐに立ちあがって部屋を出て行った。鼻から血を出していたリーダー格の男は、ボブを見てニタッと笑っていた。
「アル!ちょっとやり過ぎじゃないかい」
「ドクターから電話をもらったよ。敵はとてつもない化け物だ。俺だってドクターから聞いた時はちびってしまったよ。甘くみたらいけねえよ」
興奮して、つい普段の喋り方をするカポネを見ていて、ボブは思った。
『このアルが興奮しているぐらい、デヴィッド・ストンハラーという男は大物なんだ』
体の中を緊張感が稲妻のように走った。
カポネが有罪判決を受けて刑務所に入っているのは、脱税の罪によるもので、暴行や殺人の罪ではない。
カポネはボブに言った。
「確かに、俺のやったことは脱税かも知れない。しかし、このアメリカという国で最大の脱税をやっているのは、デヴィッド・ストンハラーであることは間違いない。あの野郎は、アメリカ国民になって以来、1セントたりとも納税したことはないんだ。奴の資産はロシアからアメリカに来た時は、まったくの一文無しだったのに、今や5000億ドルの資産家だ。全米一の断トツの資産家だ。それなのに納税額ゼロだ。だが司法当局は一切奴には手を出さない。FBIの野郎は俺なんかにやっきになりやがって、やるならストンハラーを召上げた方がずっと、お国のためだぜ」
カポネの言っていることがボブには信じられなかった。
「どうして、そんなこと出来るんだ?僕には、信じられないよ」
「ボブ、お前は、ビジネスでは確かにやり手だが、まだ世間の汚さを知らないようだ。そういうところが俺の気に入っているところなんだが・・・」
カポネは看守に合図を送って、「おい、そこの看守。マークを呼んで来てくれ」
ガウンのポケットから100ドル紙幣を出して、その看守に手渡して言うと、看守は頭を床につけんばかりに礼を言って、「へい、合点で!」と言ってドアーの向こうに走って出て行った。
ボブはタクシーの運転手のことを思い出して、ふきだしてしまった。
「どうしたんだ?」
カポネは不思議そうにボブを見ていた。
格子戸のドアーが開いて、さっきの看守が一人の老人を引き連れて入って来た。
「やあ、マーク。すまねえな、わざわざ呼び出して」
「とんでもございません。いつでもよろこんで」
眼光の鋭い老人で、ボブの方に視線を向けた。
「ボブ!マークは元FBIの人間だ。FBIの汚い手口に嫌気がさして俺の手下になったんだ。お陰で俺と一緒にこの始末だ。マークには悪いことしたと思っているんだ」
「とんでもございません。あの小汚い野郎がFBI長官などになれるんだから、アルは大統領にでもなれますよ」
カポネの要請で、マークはボブにFBIの実態を説明した。
Federalとつく機関は、すべてストンハラーの個人的私有物だと言う。
FBIはFederal Bureau Of Investigationの略だ。1908年に設立された機関で脱税を主に捜査する。デヴィッド・ストンハラーは1セントも合法的に納税しなくてすむためにFBIを、時の共和党大統領セオドア・ルーズベルトに設立させた。
セオドア・ルーズベルトはストンハラーの手先のロシア系ユダヤ人だった。
FRBはFederal Reserve Bank若しくは、Federal Reserve Boardの略だ。
Federal Reserve System (連邦準備制度)を管理する機関で、他の国の中央銀行と同じ役割をする、ドル紙幣を印刷する権利を有し、全米に12の連邦準備銀行がある。
これは1914年にウッドロー・ウィルソン大統領の時代に設立された民間銀行である。
紙幣の発行権と、税の管理権の両方をストンハラーによって支配されているから、1セントも納税しなくて済む訳だ。
しかも、全米のスパイ活動を一手に引き受け、ストンハラー家に楯突く連中を徹底的に締めあげるのがFBIの本来の狙いなのだ。
カポネは、余りにも力を持ち過ぎて、FBIの餌食になったのだ。
マークの説明を聞いて、ボブは自分の世間知らずさに愕然とした。